気づけば人外時間が訪れていた。
………
気づけば人外時間が訪れていた。
視線を感じる。
………
横目でラシェルを見た。
これで、わかった?
よく、わからないけど……デュークにとって大事な人だったの?
ああ、契約獣にとって主の存在は大きいからな
じゃあ、今でも大事?
その質問に目を瞬かせる。今でも大事か? なんて聞かれるとは思わなかった。ミランダはもうここにはいない。だけど大事ではない、なんて言えない。
………彼女と交わした約束は大事だ。これだけは、誰にも譲れない
………ZZZ
……
寝ていますね
………聞いておいて、寝るのかよ
……まぁ、私はデュークの本音が知れたのでラッキーでしたね
その笑みに背筋が冷たくなった。
シュバルツとヴァイスも寝てるし……
………こいつらの紅茶に、何入れたんだ?
よく眠れる薬です
…………
ラシェルにはあまり効かなかったようですが……
デュークの過去を知りたかったのでしょうね
そんなものに興味があるのだろうか。
過去は過去でしかないのに。
オレとラシェルの関係には一切関係のないことだ。
そして、人間時間が訪れた。
さて、これからのことですが
アーク、扉の場所は分かるんだよな
当然です。行きますよ
アークに連れられて辿り着いたのは……
ここは?
鳩時計です
そこは、巨大な鳩時計の前だった。
ここだけ、天井が遙か遠くに感じる。
この地下空間にはオレたちの知らない場所が多くあったらしい。
この場所はヴァイスやシュバルツも初めて訪れるらしく、鳩時計に圧倒されていた。
誰だって驚くだろう。
鳩時計と言われなければ、それが何かわからないのだ。
振り子部分にある扉はオレたちの身長を遙かに凌駕するサイズなのだから。
鳩さんっていつ出て来るの
ラシェルは余裕があるのか、目を輝かせている。
申し訳ないです。鳩が出て来る前に入りますよ
むぅ
この先に扉があるのか?
はい、少し離れてください
そう言ってアークが杖を取り出す。
その杖を軽く振った。
burst flare
アークの放つ火炎魔法によって、鳩時計が崩壊する。
………ま、魔法を使ったら隠し扉が出現するのかと思ったのだけど……強引すぎないか
シュバルツが声を震えさせる
すでに目の前は瓦礫の山と化していた。その瓦礫の向こうに鉄の扉が見えると、アークは再び杖を降る。
wind slash
一迅の風が杖の先端から放たれる。
それは、瓦礫の山に直撃、
一瞬にして一本の道が出現する。
その先には、鉄の扉があった。
ここは他の魔法使いのテリトリーです。私の魔法に従ってはくれませんよ。なので、力押しでやりました……
力押しって、やり過ぎじゃないのか
良いのです。力の差は見せつけなければ
不敵な笑みを浮かべるアークは明らかに怒っている。
あまり口を出さない方が良いような気がして、オレたちは黙って彼の後ろをついて行く。
鉄の扉も、アークの魔法で破壊。
その先には殺風景な空間が在った。
静寂に包まれたその道を進む。
この先に、扉があります
しばらく歩くと、
あれが……
視線の先には装飾の施された大きな扉がひとつ。
よくよく見ると、七つの窪みがあった。
ここに嵌めれば良いんだよね
ラシェルは水晶玉を見つめて名残惜しそうに呟く。
ところで、ラシェル
はい
ラシェルに、それを預けた魔法使いは男でしたか?
うん! 魔法使いさんから貰ったって言ったっけ? あ、あの人って魔法使いだったの!
ラシェルが首をクネクネ動かす。
人から何かを貰うときは、相手が誰かを確認してから受け取れっていつも言っているだろ
アハハ、ごめんなさい
過ぎてしまったことを、とやかく言うつもりはなかったが帰ったら説教が必要だな、とオレは心に抱く。
全てをはめ込むと水晶玉が七色に輝いた。
すごい、キラキラ
ラシェルが感嘆の声を上げる以外、誰も口を開かない。
扉がゆっくりと開かれる。
オレたちは息を飲んで、その先に進んだ。
いよいよ、主がいるのだろうか。
そう思ったが、違っていた。
七つの扉があった。
扉の先も、扉か
だけど、数が多いですね
メルも言っていただろ。七人が七つの水晶玉を集めるのが理想的だったって……そして、扉の先には七つの扉があって、それぞれひとりずつ進んで行く……それを期待していたのだろう
どれかはハズレってやつですかね?
扉を開いた瞬間にドボン!ってことも……
そんなまさか
オレたちが口々に呟いていると、背後に気配が現れる。
奉仕作業と同じです
メルだった。
いつもの笑顔を浮かべて、扉を指さす。
この先はどれを開いても同じです、誰が開くかによって変わるだけです。
自分の過去を振り返ってください、それでも気持ちが変わらないのであれば、館の主のもとに辿り着けます
まわりくどいことをしますね、貴方のご主人様は
ハハハ……依頼主からの依頼通りにしていますから。それでは
アークの視線から逃げるように、メルは姿を消した。
沈黙が訪れる。
デューク、大丈夫だよね
ああ
また、会えるよね
そのつもりだ。お前も立ち止まるなよ
デューク、私はね。デュークと出会わなかったらとっくに死んでいたの。弱くて、小さくて、何の価値もなかった。
……ラシェル
私はデュークも一緒じゃなきゃ、嫌だよ。デュークが、今のデュークだったから私はここにいるの。
今、こうして生きているのはデュークがデュークだからだよ。私の帰る場所は、デュークの側なの。
もしかすると、彼女はオレがここで立ち止まると思っているのかもしれない。
それも、良いかもしれない。アークやシュバルツ、ヴァイスがいれば大丈夫だ。クリスだって一人で生きていける。
だから、オレはここで果てても良いかもしれない。
そんな思いがよぎったことを、後悔する。
わかったよ。もう少し頑張る
少しじゃなくて、一杯がんばって
ああ、一杯がんばる
ようやく、本気になりましたか。ここにいる全員が同じ望みを抱かなければ、きっと館の主は聞いてもくれませんからね
同じ【ここから出る】っていう、望みか……そうだな……デュークは【ラシェルを出す】って考えだったからな。
自分のことは考えていなかったんだな
デュークさん、変わったね
え? デュークはデュークのままで何も変わってないよ?
きょとんとしたラシェルにみんなで笑う。
………少しだけ楽になった。じゃ、進もう
うん!
そして、帰ろう。オレたちの家に。
うん!
オレたちは、それぞれ扉の前に立つ。
そして、視線で頷き合って扉を開いた。