おはよう。ちょっと聞いて! さっき本屋でお宝アイドル写真集を見つけたの! これがものすごくて……って、あれ?
誰もいない……?
珍しいわね? 事務所が空なんて。プロデューサーなり、他のアイドルなり、必ず誰かがいるものだったけど……。
ん、電話……?
……はい、留奈だけど。って、まひろさん? はい、はい……えぇ!? プロデューサーが倒れたぁ!?
* * *
プロデューサー? 平気なの……?
あ、ああ、ごめんよ。ちょっと熱が出ただけだよ。……ここのところ多いな。
そうなの……。プロデューサーが倒れたってまひろさんが言うから、何事かと……
はは、ごめんね、よく体調を崩しちゃって。ただの風邪だよ
……もう! そんなことじゃ困るわね! 留奈のソロ曲を披露する舞台が迫っているっていうのに!
はは、留奈の言うとおりだ……情けない。でもちゃんと間に合わせるから
当たり前でしょ! もう!
まひろさんの話によれば、今朝からプロデューサーの具合が悪く、寝込んでいるとのことだった。
だけど、ほかのアイドルは仕事で、まひろさんも代理で現場へ行っているから、プロデューサーが一人きりになってしまう。
だから留奈に、プロデューサーの看病をお願いしたいという話なんだけれど。
すぅ…………すぅ…………
寝ちゃった……
看病ね。別に構わないわ。まひろさんの頼みは断れないし。
それに、プロデューサーにはいつも、まぁ、世話にはなっているし?
すぅ…………すぅ…………
……。…………。
………………でも。
看病って…………何をするのかしら??
* * *
すぅ…………すぅ…………
あれから30分、プロデューサーは目を覚ます気配はない。
留奈は何をするでもなく、ずっとプロデューサーが寝ているソファの横にいた。
看病……? 看病ってどうするの……?? ただ見てればいいの……???
すぅ…………すぅ…………
……(じー)
すぅ…………すぅ…………
……(じー)
何よこれ!? これじゃ留奈、ただの変な人じゃない!!
へ、変にどきどきしちゃうし!? 意味がわかんないわ!
そもそも看病って何!? 具体的に何をすればいいの!? 相手が寝てたらすることないじゃない!
こんな曖昧な仕事ってある!?
ダメよ……落ち着いて留奈……。落ち着けばなんだってできる……自分を信じるのよ……
そうよ! 確か冷たいタオルを絞っておでこを冷やすんだわ! ドラマで見たもの!
……うん、氷水にタオルをつけてよく絞ったわ。これをおでこにのせるのね
プロデューサー動かないでね……
……すぅ……
……(ドキドキ)
……すぅ……
……(ドキドキドキドキドキドキ)
待ちなさいよ!?
何でこんなに緊張しなくちゃいけないの!? ただタオルをおでこにのせるだけでしょ!?
もう……! 落ち着いて……落ち着くのよ留奈……!
負けないって決めたんでしょ……? こんなところで足踏みなんてしていられない!
……よしっ! うまくのせられた! 留奈の勝ちね!
って、勝ち負けじゃないわ!?
看病ってそういう感じじゃないわたぶん! やっぱり落ち着いて留奈!
はぁ……。どうして一人でこんなに疲れているのかしら……
留奈にも看病がほしいレベルよ。
で、あとはどうすればいいのかしら? 確かドラマだと、りんごを切ったり、おかゆを作ったりしていたわね……
りんごは、まぁ、切れないことはないわね……。切ったことはないけど……。
あとは、おかゆね……。おかゆおかゆ………………。
…………おかゆって何!?
あれは何なの!? お米の仲間!? それとも別の何か!? 麦とか!? 留奈わかんない!
普段料理なんてしないのがアダになったわ……!
お米を煮ればいいのかしら……? 煮る? え、煮るって何……?
そ、そうよ! 誰かほかのアイドルの子に聞いてみれば……ううん、そんなの無理!
ふふん、ちょっと聞きたいんだけど? おかゆって米かしら?
……ってそんなこと聞いたら馬鹿だと思われるわ!
どうしよう、聞いても恥ずかしい思いをしない事務所のメンバーといえば……。
さ、坂上なら……馬鹿にせずに教えてくれるかしら……!?
さっそく坂上に連絡を飛ばしたわ。この前おかゆを作ってたらしいものね……。
『おかゆの材料は何……?』と……。
ふぅ……。これで何とかなるかしら……。
あら、返事がきたわ。早いわね。
バナナとお米です
余計分からなくなったわ!?
絶体絶命のピンチよ。看病……なんて怖ろしい仕事なの……?
……ん…………
プロデューサー? プロデューサーどうしたの?
……はぁ……はぁ…………
すごい汗……! 熱が上がってるんだわ! ど、ど、どうにかしないと!
汗を拭かないと体を冷やしていけないと聞いたことがあるわ! このままじゃプロデューサーが……っ!
プ、プ、プロデューサー! 拭くわ! 拭くわよ! 動かないでね!
顔を拭いて、首元も! ダメだわ服も濡れてる! ワイシャツのボタンを外して中も拭かないと! 拭けないわ――――――――――――!!??
もうダメ……。留奈、何もできないわ……
がっくりと肩を落とした時だった。
……ってろ、るな…………
え? プロデューサー? 留奈がどうしたの?
……待ってろるな……。僕が最高のステージにしてやる……
寝言……? 留奈のステージのことを言ってる……?
また電話が鳴った。出ると、まひろさんだった。
まひろさんによると、プロデューサーが体調を崩したのは、ただの風邪のせいなんかじゃなかった。
留奈のソロステージの演出を考えるために、連夜頭を悩ませて、ろくに寝なかったせいなんだって。
『あいつがずっとアイドルになりたかったのを知ってるから』。プロデューサーはそう言ったって。
だから、留奈が最高に輝けるように、最高の舞台を用意してやりたいって。
自分にできるのはそれしかないからって。だから忙しいのに、無理をして考えてくれたんだって。
プロデューサー……
留奈は、ぎゅっと携帯電話を握りしめた。
まひろさんは仕事に入ってしまってもう繋がらない。
もう…聞くのを恥ずかしがっている場合じゃないわ。
留奈は携帯電話の電話帳から別の相手を選択して――
――春宮! すぐに教えて! 元気になるおかゆの作り方!
――楓! 熱のある相手にはどうしたらいいの! 留奈は看病なんてしたことがないの! 教えて!
それからは必死で、何をしたか覚えていない。
気づいたら夜になっていて、ヘトヘトになった留奈は、プロデューサーの寝ているソファに寄りかかって、ぐっすり眠りこんでしまっていたらしい。
* * *
……すぅ……すぅ……
留奈……。こんなになるまで、ずっと僕の看病をしてくれたのか
おかゆもできてる……。……うん、美味しい
……にゃ……
留奈?
……ぷろりゅーさー……。いつも……ありがと……
留奈……。なんだかいつもより元気になってきたぞ!
待っててくれ留奈。もうひと踏ん張りして、最高のステージを用意してあげるから