ふと、一冊の本の前で足を止める。
その本だけが、違って見えた。
吸い寄せられるように、私はそれに手を伸ばす。
おかえりなさい
紅茶でも飲みましょう
ありがと
このティーポットからは無限に紅茶が出て来るのよ
カップを洗うのが大変ではないの?
そこは、心配しなくても大丈夫!
え? 飲み切ったらカップが消えた
だから、洗う必要なんてないの。
「新しいカップが欲しい」って念じれば、新しいティーカップが現れるのよ
ポットの中は紅茶だけなのか?
この棺を作った人の好みなのよ
他の飲み物が欲しくなったら、そこにある「全世界ビックリドッキリ飲み物事典」から召喚してね。
全世界って、何だか怪しい飲み物もありそうだな
オススメは頑固親父が泣きながら作る涙入りセンブリ茶ね。ほろ苦くてしょっぱい親父風味。
私は紅茶が良いな
俺も……
……
やっぱり本は良いね
物好きだよな。俺は開きたくもないのに……
勉強以外の本もあるよ
文字を読むと眠くなるんだよ
探そう
あいつが主役の物語?
うん……
………じゃ、俺も探すかな
??
ふと、一冊の本の前で足を止める。
その本だけが、違って見えた。
吸い寄せられるように、私はそれに手を伸ばす。
……
表紙には子供が描いたようなイラストが。
これは、きっと誰かが描いた物語なのだろう。
ラクガキにも見える表紙に口元が綻ぶ。
………
エルカ?
ソルの声が遠くに聞こえた。
だけど、私はその声に振り返ることはしなかった。
ページを開く。
瞬く間に物語が始まった。
あるところに、
緑に愛された国がありました。
鮮やかな緑の草原と
青い空に見守られた
平和な国です。
国の真ん中には
大きなお城がありました。
お城には男の子が住んでいました。
この国の王子さまです。
皆は王子さまを
プリン王子と呼んでおりました。
絵に描いたような青空が広がっている。
爽やかな風に、草花が揺れている。
その草原に私は立っていた。
……
!?
さっきまで本棚の前にいたはず
いつの間に、こんな場所に来たのだろうか。
魔法の図書棺に居たことが夢だったのだろうか。
どっちも夢?
これも夢なら覚める
だけど、
図書棺での出来事は夢であってほしくない。
あの人がいつもより優しかったし、
何だか居心地が良かった。
私は願いをこめて目を閉じる。
そしてゆっくり開くと、ほら……
やっぱり変わらない……どういうこと?
あ……
問いかけに答える者はいなかった。
コレットたちに確認してから本を開けば良かったのかもしれない。
本を開いた直前まで側にいたソルのことも気がかりだった。私は魔法使いの孫だ。
もしかすると、この不思議な世界でも生きられるかもしれない。
だけどソルは人間だ。
どうしよう
まずは物語の主人公を探さないといけないよ
……
知らない声に振り返る。
こげ茶色の髪と瞳の青年がいた。
旅人、戦士、そんな単語が当てはまるような人。
…………
誰?
ナイトだよ。
もしかして、オレを知らない?
………………ごめんなさい
どこかで会ったことがあるような気がする。
だけど思い出せない。
思い出そうとすると、
何かに阻まれて何も見えなくなる。
大丈夫、怪しい者じゃないよ