エルカ

……

目の前に広がる光景に魅入ってしまった。

そこはお爺様の地下書庫とは違う。
壁一面が本棚で埋めつくされた巨大な書庫だった。
 
本棚は果てしなく高く、どうすれば一番上の本を手に取れるのだろうかと考えてしまう。

階段は見当たらない。梯子があったとしても、ゾッとするような高さになるだろう。
 

世界の全てがそこにあるような気さえする。

ソル

すごい

突然の物音に、振り返る。

エルカ

え?

それは、入口の扉が閉まった音だった。

ソル

……!!

更に照明が消えてしまった。

エルカ

……ソル、いるよね?

ソル

ああ……でも、いったい何が起きているんだ

私たちは互いの位置を確認しながら、周囲を警戒する。

ハーッハハハハハハ

一筋の光が差し込んだ。
 
白く輝くスポットライトに照らされた
人影がひとつ。


ぼんやりと少しずつ、その姿を明らかにする。


それは一人の少年。
 

ライトの光でキラキラと輝く金色の髪……その頭には立派な王冠がひとつ。


じゃーん!
王子参上!!!

エルカ

……………………………………………………

私は、彼の服装を凝視する。


それは、カボチャパンツだった。



児童書や絵本でならば、見たことのある衣装。



実際に着ている人間を見るのは初めてだった。



少年は両手を広げて天を仰ぐポーズで静止中。



自分に酔うように、目をキラキラとさせている。

 絶対に関わったらいけない人間だ。
 面倒そうな人。

直感でそう思った。

参上!!

さんじょう

エルカ

………………………………………

ソル

………………………………………

私たちは、ただ啞然としていて、言葉を出すことが出来なかった。

エルカ

………

エルカ

……わ、私は、本が読みたいの

ソル

え? エルカ?

エルカ

ソル、後はお願い

私は、このたくさんの本が気になって仕方がなかった。


少年の登場で再び照明がついた。

そのお蔭で、ずらりと本棚に並べられた無数の本が私を迎えてくれる。



ここが何処なのかは、わからない。
どうして、こんな場所にいるかもわからない。
この状況はとても不安。




だけど、本を読んでいれば……不安なんてどこかに消えてしまうはず。


今までだってそうだったのだ。

本は私の心を満たしてくれる。

だから何者かもわからない少年は無視だ。
 




それがいい、そう思っていた。

無視しないでください

エルカ

……っ

ソル

何だよ、このカボチャパンツ

カボチャパンツですって!!

少年がバタバタと手を振り回して……それがソルの顔をペンペンと叩く。

あー……そんなことをすれば、ソルは怒る。
 
キレる。

ソルが暴れたらこの本棚が倒れたら……考えるだけで背筋が冷たくなった。



 

 貴重な本が読めないのは困る。

ソル

……痛いじゃないか、この糞ガキが

糞ガキですって! お酒も飲める大人の男ですよ

ソル

どこが大人だ。ただのカボチャパンツだろ

また言いますか? この最先端の大人の男の着こなしに対して失礼ですよ!! じっくり見てください。ほら、頭から足の先まで大人です

目の前で睨み合う二人。


お酒も飲める大人同士なのに、やっていることは子供の喧嘩だった。

このままでは収集がつかない。

エルカ

やめてよ! 本が崩れる

私はソルと少年の間に割って入った。

普段ならばソルと誰かの間になんて絶対に入らない。

ソル

……っ


巻き込まれて殴られても文句は言えない。

どうして、こんなことをしたのだろうか……
反射的に閉ざしていた目を、静かに開く。

身長は同じ位だから、何もしなくても視線が合ってしまった

………

エルカ

……

少年は綺麗だ。
カッコイイかどうかは別としても綺麗な顔をしている。

何ですか? 美しいからって見つめないでください

エルカ

………変な顔

何ですと!

少年は顔を真っ赤にして怒っている。
背中では大きなため息が聞こえた。

ソル

間に入るなって……危ないだろ、やめてくれって

エルカ

ご、ごめんなさい

ソル

気にするな。俺も熱くなり過ぎた

ソルの声が落ち着いている。だけど、気が短いから……いつ怒り出すかわからない。

今のうちに、彼と話をしなくてはならない。私はもう一度、金髪の少年を見る。

エルカ

………こ、ここは何処ですか?

自然と声が震えてしまう。

そういえば、私……ソルや兄さん以外の男の子と会話するのなんて久しぶりだ。ソルとだって、まともに話せないのに。

初対面の男の子に、こんな至近距離でなんて………何しているのだろう。

知りません

エルカ

……

ソル

こいつ

エルカ

ソル、喧嘩はダメ

私がダメと言ったぐらいでは止まらない。こんなところで暴力沙汰なんて起こされたら困る。

きっと兄さんに迷惑がかかってしまう。

それはダメだ。

ここは魔法の図書棺ですよ。

図書棺の「かん」は「ひつぎ」って書きます

……コレット

そう言って微笑んだのは少女だった。

どこから現れたのかは分からない。


気が付いたら、そこに立っていたのだ。

コレット

お客様に失礼です

でも、真実だろ。
僕はここが何処かも知りませんしね

コレット

だったら、私を呼べば良いのよ

やれやれと肩をすくめる少女。彼女は色々知っているような気がした。



私の視線に気づいたのか、こちらを見て微笑む。

コレット

はじめまして、コレットと申します

エルカ

えっと、エルカです……この人はソル

コレット

知っているわ

何処かで会ったような親近感のある暖かい笑顔だった。だけど、友達のいない引き篭もりの私に知り合いなんて居ただろうか。

エルカ

あの、魔法の図書棺って?

コレット

本の棺。忘れられた物語がここに在るの

コレット

生きている人間、生きていた人間………彼らの過ぎてしまった過去、起きたかもしれない過去、夢見てしまった空想の過去が本になって存在しているのよ

コレット

人間の心や記憶や歴史がそのまま本という形になっているの

エルカ

それって誰かの心や過去を覗き込むみたいなものじゃない、気味が悪いわ

コレット

そうね

コレット

誰でも読めるわけじゃないから安心して。その過去を持つ本人や本人に近しい人にしか開くことは出来ないの

エルカ

私の過去の本を読めるのは、私本人と、私に近い家族だけってこと?

コレット

家族だから読めるってわけでもないわ。そうね、貴方がこの人になら読まれても平気って思える……貴方が心を許せる存在って感じよ

エルカ

私が心を許せる相手……

それは、誰のことを言っているのだろうか。
何かが少しずつ消えているような気がした。

ソル

難しい話は苦手だ

ソルが頭を抱え込む。

彼は学校にも行っていない、本も読んでいない。だから、考えることは苦手だった。

心配するな僕も分からないぞ

 少年が同意した。

エルカ

それで、貴方たちは何をしているの?

コレット

私たちは、ここである物語を探しているのよ

イタタタ

コレットはグイッと、少年の腕を引っ張る。

コレット

この彼が主人公の物語よ

エルカ

この人が主役の……どういうタイトルなの?

コレット

タイトルはわからないの

エルカ

それじゃ、難しいよ

コレット

それでも、私たちは探さなければならないの……そうしなければならないの、探すことがここに居る理由

エルカ

大変そうね

他人事じゃないんだぞ

エルカ

どういうこと?

少年の言葉に私は首を傾げる。

コレット

そうそう、彼の本を見つけないと、貴方たちが入って来た扉も開かないみたいなの

ソル

それが開かないとどうなるんだ

コレット

扉が開かないと、この図書棺から出られないの

それは困るだろ?

少年がジッと私を見る。
だけど、私は………

エルカ

困らないわ

え?

エルカ

私、どうして自分がここに居るのかも、それまでのことも良く覚えていないのだけど。これだけは、はっきりとわかるの……

エルカ

私、本を読んでいるときが、生きているって実感できるの。こんなにたくさんの本に囲まれていられるなんて幸せだわ

 本に囲まれて死ねるのなら本望だ。

そんなことを言えば兄さんに怒られるのだけど、今はここにはいない。

コレット

そうね、ここには誰かの記憶だけではない。現実の本も、誰かの空想した物語もあるから飽きることはないでしょうね

エルカ

空想の物語?
それってどういうの?

書いたり考えたりしたけど。世に出すことのなかった物語です。もしかすると作家の未発表作なんてのもあるかもしれません。

エルカ

何それ、面白そう

少年の説明に私の目は次第に輝いていた。作家の未発表の物語には興味がある。

では後ほど用意しますね。

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