はぁ……なんでしろひぐまさんってこんなにかわいいんだろ……


しろひぐまさんは近頃人気の癒し系キャラクター。

まっしろな毛色。まるいフォルムに愛らしい顔。どこをとっても癒ししかない。

レッスンで挫けても、学校の勉強で疲れても、しろひぐまさんの顔を見ると元気になっちゃうんだ。

ぎゅっ……。ふふ、かわいい。一家に一匹しろひぐまさん。それでみんな幸せになれる気がするなあ……

そうだ! 機会をみてみんなにもすすめてあげよう! レッツしろひぐまさん!











*    *    *









八葉

はぁ……うまくいかないなぁ……

八葉? どうかしたの?

八葉

あっ、は、はい! ちょっとダンスがうまく踊れなくて……悩んでるんです

そう、八葉はダンス得意なのに珍しいね

八葉

はい……


八葉、そんなに悲しそうな顔して……。うまく踊れなくて悔しいんだね。

どうにかしてあげたいな……そうだ! こんな時こそ!

八葉? それならいいものがあるよ!

八葉

いいもの……ですか?

そう! これ! しろひぐまさん! これで八葉の悩みも解決するはず!


わたしは手頃な大きさのしろひぐまさんぬいぐるみを取り出して、八葉に渡した。

八葉

ぬ、ぬいぐるみ……? かわいい……。でもこれで、どうやってダンスがうまくなるんですか……?

え?


そ、そうか……。

勢いで出しちゃったけど、確かにしろひぐまさんを渡されてもダンスはうまくならない。

でも……でも……! きっと八葉の助けになるから……!

八葉

えっと……じゃあ……


八葉は戸惑いつつ、しろひぐまさんを抱っこしながらステップを踏み始める。

八葉

よい、しょ……。よい、しょ……。とっ……とっ……。わぁ! う、うまくいきましたぁっ!


すると不思議なことに、今まで引っかかっていたらしいパートがとてもキレイに決まった。

たぶんしろひぐまさんを抱くことで、無駄になっていた腕の振りが抑えられたせいだと思う。

八葉

す、すす、すごいですっ! しろひぐまさん……っていうんですか? まるで魔法のくまさんですっ!

そ、そうだよね! やっぱりしろひぐまさんってすごいよね! かわいいし!

八葉

はいっ! か、かわいいし、すごいですっっ!

八葉、興奮してて嬉しそう……。よかった。

やっぱりしろひぐまさんはみんなを幸せにするんだね……!











*   *   *









つかさ

ふう……どうしましょう……

つかさ? どうしたの?

つかさ

唯さん……。実はのどの調子が良くなくて……


つかさは、のどのあたりを押さえながら、きれいな眉を寄せていた。

そう、のどの調子が良くなくて、うまく歌えないんだね……?

つかさ

ええ、のどの調子が良くなくて、駄菓子がたくさん食べられないのです……

そっち……!?


で、でも、人の悩みはそれぞれだし。

つかさ

困りました……まだ今日のノルマが残っているのに……

ノルマとかあるんだ……お菓子食べるのに……

つかさ

わたくしには世界中の駄菓子を食べつくす夢がありますので……

ひたむきだね……


つかさは相変わらず独特だね……。

でも、困っているならどうにかしてあげたいな。

つかさ

もし、唯さん? その胸に抱いた愛らしいものは何でしょうか……?

え、これ? しろひぐまさんっていうんだ。かわいいでしょ

つかさ

ええ! とってもかわいいです! だ、抱かせていただいてもよろしいでしょうか!

う、うん、いいよ……。どうぞ

つかさ

ありがとうございますっ!

つかさ

これは不思議なぬいぐるみです。つよいのにかわいいとは!

つよいのにかわいい?

つかさ

はい! ひぐまのつよさを備えながら、かわいさまであわせもつとは! 奇跡ですっ!


奇跡……。そんなこと考えたことなかったけど、でも確かにつかさの言うとおりかも。

しろひぐまさんはつよくてかわいい!

つかさ

つよくてかわいいなんて一石二鳥です……。一石二鳥……一石二鳥……?


すると、つかさは何かを思いついたような顔をする。

つかさ

そうですっ! 確かお菓子箱の中に……っ!


つかさはがさごそと、子どもが宝物をしまうようなブリキでできた箱の中を探った。つかさはいつもそこにお菓子を隠している。

つかさ

ありましたっ! これです! ねりうめ!

ねりうめ?

それは小袋に入った梅のお菓子らしくて、袋には大きく

『ねりうめ』

と書かれていた。

つかさ

はいっ! 甘いはちみつに漬けられた梅です! はちみつはのどにいいと聞きました!

つかさ

ねりうめなら、駄菓子を食べながらのどにも優しい! 一石二鳥ですっ!


つかさは目をきらきらさせて、わたしとしろひぐまさんに熱視線を送る。

つかさ

唯さんとこのしろひぐまさんのおかげで、わたくしの抱える問題は解決いたしました! 本当にありがとうございますっ!

あ、あ、うん……。それならよかった……

少し戸惑うわたしだけど、つかさが喜んでくれてるならよかった。

それにしろひぐまさんのことを褒めてくれて、嬉しいな。

みんなの悩みを次々解決しちゃって、しろひぐまさんはやっぱりすごいね……!











*    *    *









次の日。

事務所に入ろうとドアに手をかけると、中からおかしな話し声が聞こえてきた。







*    *    *









留奈

え? 瀬月が怪しげな人形を渡してる?

ミユ

そや。やっちゃんとつかささんがな、そのおかげで魔法みたいに問題が解決したらしいねん

留奈

何よそれ。馬鹿馬鹿しい。オカルトじゃない

ミユ

でもな? それを胸に抱いただけで、やっちゃんはダンスが上手くなって、つかささんはのどの痛みが治ったらしいで?

留奈

一瞬でダンスとのどが良くなった……? か、完全に呪いの人形じゃない……!











*    *    *











何の話をしてるんだろ……? まあ、いいか











*    *    *










留奈、ミユ、おはよう

留奈

お、おはよう瀬月……

ミユ

おはよー。唯さん


ミユはいつも通りだけど、留奈の反応に違和感がある。

留奈? どうかしたの?

留奈

い、いえ、なんでもないわ……

でも様子が変だよ。どこか具合が悪いの?

留奈

具合? まあ、レッスン明けで疲れてはいるけど……


そっか、留奈、頑張ってるから疲れてるんだね。

それなら、しろひぐまさんを抱っこすれば癒されるんじゃないかな?

留奈。そういう時にはいいものがあるよ。ほら! しろひぐまさん!

留奈

本当に出してきたわ……!


留奈が急に後ずさる。顔もなぜだか青ざめていた。

これを抱っこすればすぐに元気になるから。ほら、留奈。どうぞ

留奈

すぐに元気に……!? 完全に人智を超えてるじゃない……!?

……? どうしたの留奈? ほら、遠慮しないで


しろひぐまさんを差し出すわたしから、留奈はまた一歩下がる。

留奈

い、いくら払えばいいのよ……!?

お金なんてもらわないよ!?

留奈

だって……そういうものって大金を要求するんでしょ……? あやしい壺と同じでしょ……?

あやしい壺!? 違うよ! しろひぐまさんだよ! ほらかわいいから!

留奈

何その全幅の信頼……!? 怖いわ……!

怖くないよ!?


どうしたの留奈? 絶対何か勘違いしてるよね!?

ミユ

まーまー、留奈さん。落ち着いて?

ミユ……


よかった、ミユは落ち着いてる。

お願い、ミユ! 留奈の誤解を解いてあげて!

するとミユはきりっとした顔で言った。

ミユ

留奈さん? ……信仰の自由は守らなあかんで?

そういうのじゃないから!


怖がる留奈に説明して、しろひぐまさんがただのかわいいぬいぐるみだとわかってもらうのに数十分かかった……。

瀬月唯:はばたけしろひぐまさん

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