ミユ

あ、生活力アイドルってどやろ?

人気の出るアイドルについて話し合っていると、思いついたようにミユが言った。

プロデューサー

生活力アイドル?

ミユ

そや。アイドルってちょっと頼りない方が可愛く見えるもんやろ?

ミユ

でも逆に、あふれる生活力で守ってくれるアイドルも需要あると思うねん

ミユ

料理とかお掃除とかめっちゃしてくれんねん。お姉さん的な。ええんとちゃう?


急な提案だけど、ミユの言うことは頷けた。

アイドルは妹のようにかわいがるだけでなく、姉のように包容力があったっていい。

女性が強い時代だし、そういうアイドル像を求めるファンもいるだろう。

ミユはいつも発想が突拍子もないけど、たまに説得力のあることを言うから感心する。

プロデューサー

なるほどね。そういうアイドルを育成してもいいっていうことか

ミユ

え? いや、自分ちにもそういう子がおったらえーなって

プロデューサー

ミユが個人的にほしかっただけか……

まあ、ミユらしいけど。

ミユ

うちの事務所でゆったら、生活力ありそうなのは空子さんかひかりさんかなー?

ミユ

楓ちゃんも家事は得意やけど、まだ中学生やからな

プロデューサー

確かに、家事が得意で生活力がありそうなのはそのあたりだね

ミユ

逆になさそうなのは……


ミユは事務所の中を見回す。

何人かいるアイドルたちの中から品定めをしているようだ。

すると、キッチンの方から声がした。

つかさ

えっ……? 冷蔵庫の卵はあたためてもひよこにならないんですか……?

八葉

は、はい……そうですね……たぶん……

つかさ

三日前の晩からお布団であたためていたのに……?

ミユ

……

プロデューサー

……

ミユ

……やっぱつかささんやな


僕も無言で頷いた。

つかさは小さな頃から箱入りで、生活力という言葉とはほど縁遠い存在だ。

金銭感覚もずれているし、家事も得意とは聞いたことがない。そもそも一般常識に疎いのが問題だ。

つかさ

生活力がない?


ミユがその話をすると、つかさは不満そうな顔をした。

つかさ

わたくしだって生活力はありますっ!


ムキになって。

そしてなぜか僕の方をちらちらと見ながら訴える。

つかさ

わ、わたくしだって……努力をすれば上手に家事はできますよ……?


頬を赤くして。レッスン後で熱っぽいんだろうか。

とはいえ、やっぱりつかさに生活力があるとは思えない。

でも、それがつかさらしさで、いいところだと僕は思っている。

プロデューサー

そんなに気にすることはないさ。生活力がなくたってつかさはつかさだよ


励ましたつもりだったけど、それは逆効果だったらしい。

つかさ

そ、それでは嫌なのですっ! わたくしはきちんとおうちを守ることができますっ!

プロデューサー

でもつかさ、この間郵便局と間違えて消防署に行ったよね

つかさ

あ、あ、あれは……っ、足がすべったのですっ!

プロデューサー

そうなんだ……

つかさ

むむむむむむ……!

つかさ

決めました! プロデューサーにわたくしの生活力を見せつけて差し上げますっ!


突然の宣言。それに応じてミユが言う。

ミユ

それなら自分らも協力しよか! なあ、やっちゃん!

八葉

ふぇっ!? は、はい! つかささんのためならっ!


そうして、翌日からつかさが僕に生活力を披露してくれることになった。











*    *    *









翌日。イベント会場の下見を終えた僕が、いつものように事務所へ戻ると。

プロデューサー

ただいまー

つかさ

おかえりなさいませ。旦那さま?

プロデューサー

つ、つかさ?

つかさ

はいっ。つかさでございます


床に三つ指をついてお迎えしてくれるつかさがいた。

プロデューサー

ど、どうしたのつかさ? ほら立って。床に座ったら汚れるよ

つかさ

つかさは平気でございます。床も綺麗にお掃除いたしました


言われてみれば、床は綺麗に磨かれている。

つかさはにっこり笑うと立ち上がり、僕に手を差し伸べて部屋の中へ誘導する。

つかさ

今日はごはんにしますか? それともお風呂にしますか?

プロデューサー

えっと……もう少し仕事したいかな……? まだ明るいし……


言いつつ思う。これじゃまるで新婚夫婦みたいだ。

これがつかさの見せたかった生活力なのだろうか。

しかし彼女の本気はこんなものではなかった。

ミユ

ままー。おなかすいたー

つかさ

はいはい。もう少し待ってくださいね?


ミユが子どもだった。

八葉

あ、ああして、こうして……。うん、大丈夫っ


さらにその後ろでは八葉が芝居の練習をしながらスタンバイしている。

どうやらナチュライク! 総出で一家を演じるつもりらしい。手の込んだことを……。

意を決して八葉がこちらへやってくる。

彼女はミユの姉か妹か。考えていると、八葉は僕をキッと睨んでこう言った。

八葉

こ、この間男がーっ! わわ、わたしのつかさはわたさんぞーっ!

プロデューサー

複雑な設定放り込んできた!


まさかの八葉が夫だった。僕は突然の修羅場に見舞われた。

ミユ

……!(ぐっ)


ミユが八葉に向かってウインクしながら親指を立てる。絶対配役を決めたのはミユだ。

二人の男に愛されるつかさはおろおろしながら言う。

つかさ

ああ、わたくし、自分の生活力がおそろしいです……


生活力の見せ方に癖がありすぎる。

もっとわかりやすく料理とか家事で見せてくれると思っていたんだけど……。

つかさ

ですが、料理が冷めてしまいます。ここは仲よくみんなでお食事にしましょう

プロデューサー

いや、でもさすがに浮気相手と一緒に食事は……

八葉

し、しかたない……お腹がすいてはいけないからな……

プロデューサー

心が広いな


そして、四人仲良く事務所のテーブルにつく。どんな状況なんだろう。

つかさ

さあ、たんとお召し上がりくださいませ


チーズドリアにポタージュ、シーザーサラダにデミグラスソースハンバーグ……。

すぐにつかさが並べてくれた料理の数々に僕は目を輝かせた。

プロデューサー

すごいねつかさ! 美味しそうだ! こんなにいっぱい、よく作ったね!

つかさ

嬉しいです。すべてスーパーで買ってきたお惣菜なんですよ?

プロデューサー

なぜそこで作らない!


惜しい! せっかくの生活力の見せ所なのに!

八葉

きみの料理は最高だよ……も、盛りつけとか……

プロデューサー

旦那が優しすぎる!

ミユ

ままー

つかさ

はいはい。ミユさんは甘えんぼですね?


すると、ミユが椅子を立ってトコトコ歩くと、つかさの膝の上にちょこんと座る。

さすがミユ、体が小さいからハマり役だ。

こうして見ると、ほのぼのとしたいい家庭だな。

つかさ

はい、ミユさん。好物のドッグフードですよー?


ザラザラザラと、ミユの前の皿にドッグフードが満たされる。

プロデューサー

虐待!? 急に!?

プロデューサー

ミユは何!? ドッグフード食べるの!?

ミユ

え? 自分、飼い犬って設定やから

つかさ

よしよしー。ミユさんはいい子ですねー。お手?

ミユ

わん

プロデューサー

これ以上設定をややこしくしないでくれる!?


序盤から普通にしゃべってたのに!











*    *    *









……そんなこんなで。

つかさ

うふふ、わたくしの生活力はどうでしたか? プロデューサー?


特殊な形でつかさの生活力を見せつけられた僕は、疲れた顔で答えた。

プロデューサー

うん……つかさに生活力がないなんてもう言わないよ


これ以上複雑な設定の小芝居に巻き込まれても困るからな……。

つかさ

わたくしの勝ちですねプロデューサー! ……だから安心してくださいね?


意味深なニュアンスでそう言って、つかさは僕の腕をとって嬉しそうに笑った。

泉水つかさ:劇団ナチュライク!

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