老紳士がもう一つ金貨を投げ入れる。
少年は慌てて

こんなに!?多すぎますよ

お節介をしたお詫びとデート代ですよ。
隣町にサーカスが来ているようです。
彼女を誘って見に行くと良い。

受けてくれますかね?僕の申し出なんて…

受けるとも。
彼女の瞳の中には君がいたのだから。
それに今日はすべて人々の想いが叶う特別な日なんだ。
きっと上手くいくよ。

そ、そうなんですか?

そうだとも。

少年は胸を躍らせて露店をたたみ、
丘へと行った。

老紳士は彼に十字を切ってからそれを見計らって馬車に戻り、
ある女性の手を握りながら声をかける。

さあ、おいで。
町中の羊たちは野に追い払ったよ。

老紳士に手を引かれ、一人の女性が
馬車から降りてくる。

何年振りかしらね、外に出るのは。
ここはどこかしら?

何を言ってるんだクイーン。
僕たちの婚礼の広場だよ。
まだ呆けるには早いよ。
目には見なくても感じるだろう?
噴水の音。
ビッグベンの鼓動。
あれから何一つ変わっちゃいないよ

少年をはじめ、
町中の人々を出払ったのは老紳士、
もといい法王がクイーンと二人きりでデートするためのシチュエーションづくりなのであった。

もう半世紀も前の話じゃない

たしかに。
だが僕にとってはまるで昨日の事のようだよ

嬉しいわ。
私もあなたと同じようにこの景色を眺められればいいのだけれど



クイーンは数年前から肺炎がきっかけで盲目になり、生きる意欲を失ってしまった。
それからというものは目と耳と口を塞ぎ、
ずっと王宮の寝室から出られずにいたのである。

君は光を失ったかもしれないけれど、
私にとって君自身が光だよ?
クイーン。

そして私たちにはあの頃の美しい記憶がまだある。

全てを忘れる前にさあ踊ろう。
ワルツの時間だよ

そんな彼女の心を突き動かしたのは
年に一度の生誕祭であり、
同時に二人の結婚50周年であるこの日だった。

ずっと無口だった馬乗りは実は宮廷音楽家で、
ずっと荷台に忍ばせていたバイオリンを手に取り、
美しい音色を奏でた。

ワルツというよりは静かなタンゴのように法王たちは噴水を回るようにステップを踏み続けた。

自分たちが虹の上に立っている事も気づかずに
あの頃のように夢中で踊り続けたのであった。


法王のワルツ
WALTZ OF THE POPE


THE END

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