法王のワルツ
WALTZ OF THE POPE




‐とある城下町の教会通り‐

いつもと違って全く人通りのない
街並み。

靴磨きの少年はいつも働く木の下で花を眺めながらヒマを持て余していた。

ヒマだなあ。せめて鳥だけでも居てくれやしないかな。

彼の前に馬車が止まり、
高貴なスーツを着たオシャレな
老紳士が出て、
少年の元にやってきた。

お仕事中、すいません。
その…大変申し上げにくいのですが今日は誰もお客さんは来ないと思いますよ。

ええ、どうしてですか?

今日から生誕祭ですから。

ああ!道理で。
全然気づきませんでした。

町中のみんながバカンス中です。
あの丘の羊飼いたちでさえ出払っている。
その隙に羊たちも白昼堂々愛し合っている。

そして君がせめてもと愛しく待ちかねているその木の小鳥たちですらきっと南風を追って旅に出ている事でしょう

あはは

つまりこの町で今働いているのは君だけなのですよ

なるほどご忠告感謝します。
ただ…僕はやっぱり今日も働こうと思うんです。

どうして?

僕には靴磨き以外にやりたいことが思い浮かばないから。だから今日も、いつもより気長にお客さんと鳥を待ちます。

おお、それはそれは


中年紳士は思わず十字を切った。

汗水たらして靴を磨き、最後に売上箱を鳴らす銀貨の音を聞く時が僕は一番幸せなんです。
ごめんなさい、いやしいですよね?

とんでもない。
”美しい”の間違いでしょう。
労働の汗に神のご加護があらん事を。
では私の靴をキレイにしてもらえますかな?

はい、喜んで

老紳士は当時ヨーロッパで流行っていたプーレーヌという三日月のように先端が長くとがった靴を履いていた。

流行のプーレーヌですね。
素敵だなあ。
やはり高貴な方なのですね。

いえいえ。
確かに見た目は美しいのですが、
いい加減先が長すぎて・疲れるし、
危ないのでそろそろ禁止令を出そうと思っているのですよ。

これからの英国は機能美というものも追うべきなのです。

禁止令を出そうと…思っている?

・・・ああ、いえ。
一市民の意見として出すべきだと思っている、
という事です。

それではよろしくお願いします

かしこまりました

少年は汗水垂らして靴を隅から隅まで
磨き上げた。


実は仕事の合間にたまに君の仕事ぶりを上から覗かせてもらっていたのですよ。
実にチャーミングですね、あの赤い髪飾りをした花屋の少女

!!


それを聞いて少年はドキリと
大きく心臓を鳴らし、
思わず手を止めた。

道理であの娘の時だけ靴を磨く時間が長いわけだ

何のことですか!からかうのは止して下さい

毎日見ていてどうにもじれったくてね。
実はもうひと手間かけさせていただきました。
先日、彼女の花屋に行った時にこう言ったのです



























“靴磨きの少年から伝言で、生誕祭にあなたに愛の告白をしたいから羊の丘の上で待っています、だそうですよ”
とね。

君にも見せたかった。それを聞いたときの彼女の紅潮と細やかなまつ毛の動き。


少年は気絶しそうなほどに驚いた。
とっくに靴が磨きあがっている事も
忘れる程に。

ありがとうございます。

と言って紳士は金貨を売上箱の
中に入れた。


誰もいないのも合い重なって
チャペルの鐘のように音が鳴った。

確かに。美しい。清々しい音色ですね。
…もう一度聞かせて下さい。

老紳士は
もう一つ金貨を投げ入れた。





第二幕へ続く

pagetop