覗かないでください

次の日
吾助が絹糸などを持って、山奥の家にやってきました。

吾助

………………。

囲炉裏部屋を覗きましたが、与兵も鶴太郎もいません。
火のついた囲炉裏にヤカンがかかっていたので、近くにいるはずです。

吾助は外に探しに行きました。

と、納屋の方から音がします。
吾助はそちらへ向かいます。

吾助

……

納屋に着くと、与兵がちょうど中から出てきたところでした。
両手にたくさんの武器を抱えています。

与兵

あ、吾助。

吾助

何してんだ?

与兵は武器を無造作に置きます。
轍熊手やさすまたやまさかりなどがありました。

吾助

…………。


吾助はそれをじっと見つめます。

鶴太郎

吾助?


中から鶴太郎の声がします。

鶴太郎

ふんっ、ふんっ


這って納屋から出てきて、入口のところから顔を出しました。

吾助

……立って歩いても
大丈夫だぞ。


吾助の見立てでは、それでも支障はないはずです。

鶴太郎

そんなわけないよ。
それならもっと歩けるはずだもん……。

鶴太郎

足に力が入らないんだ。
ボク、もう歩けないのかも……。


目に涙をいっぱい貯めて言います。

与兵

?!


与兵はそれを聞いて、わたわたしています。

与兵

ホントに大丈夫なのか?
まだ動いちゃいけないんじゃないか?

与兵

やっぱり俺が背負ってやった方がいいんじゃないか?


と、吾助に言います。

吾助

やめろ。
お前がソレだと、コイツの治りが遅くなるんだぞ。

吾助

今まで自分で動いてなかったんだ。
歩く練習をすれば、それまでと同じように歩けるようになる。

鶴太郎

えぐっ、そんなわけないよぉ~。
ボク、頑張ってるのに、全然歩けない……。


泣き顔を見せながら、与兵に訴えます。

吾助

甘えてんじゃねえ。
まだガキなんだから、治りも早い。
しっかり歩け。

鶴太郎

ガキじゃないもん……。

吾助

ガキだ。

鶴太郎

ちがうもん。
与兵、違うって言って!


泣きながら与兵を見て懇願しました。

与兵

え……?


とんだとばっちりです。

鶴太郎

ガキだと思ってたら、
しないよね。

与兵

………………。


与兵はそれに答えず後ろを向き、納屋から出してきた武器の整理を始めました。

鶴太郎

ほら、与兵は違うって言ってるよ!

吾助

言ってねえだろ。

鶴太郎

ガキじゃないもん!


強い口調でそう言います。

吾助

本当に、
ガキじゃないのか?


吾助がそう言うと、鶴太郎はビクっとしました。

鶴太郎

……………………。

すると、たまたまなのか、与兵が触ってない所に立てかけてあった武器が、

と地味に倒れました。

吾助

……。

吾助の前に刀が倒れてきて、倒れた拍子に柄が壊れました。
そして、「宗近」と書かれた銘が見えました。

吾助

……………………。

吾助はじっとその銘を見て、眼鏡の縁にちょっと触れます。

吾助

これ、ジジイのか?


吾助は与兵の方を向いて聞きます。

与兵

そうだろ?
納屋の奥に置いてあった。

与兵は片付けながら答えました。

この間、武器を探していた時は、見つけられませんでしたが、もっと奥を探してみると、山のように出てきました。

与兵

ものすごく大量にあって、
とりあえず出してるんだ。

吾助

999本あったりして……。

吾助はそっと柄を刀に取り付けました。

与兵

そこまではないだろ。

吾助

そうだな……。


吾助は眼鏡を少し上げます。

吾助

それで、
何でこんなことしてるんだ?

与兵

鶴太郎がはた織り専用の部屋作れって言うから、納屋片付けてんだよ。

鶴太郎

「はた織りは、専用の部屋でするものだ」って言われた。

吾助

誰が言ったんだ?

鶴太郎

みんな言ってた

吾助

みんなって、何者だ?


吾助には引っかかっていることが、山ほどあります。

与兵

言いだしたら聞かないんだよ。


そう言って、与兵は納屋を片付けます。

吾助

お前、
こいつの言いなりだな。

与兵

いや。でも、足、まだ完全に良くなってないみたいだし、それでこんな散らかったところで作業をさせるなんて……。

吾助

物につまずいても危ないからいいんだが……。

吾助

この武器どうすんだ?

与兵

危ないから、とりあえず出しとこうかなって。鶴太郎が遊んで怪我でもしたら大変だし。


遊んでという感じが、すでに嫁ではなさそうです。

吾助

これで全部か?

与兵

ああ。
目に付くところに、もう武器はない。

吾助

じゃあ、はた織りは
できる状態になってるんだな?

与兵

もうちょっとかな?
あと、雑巾で水拭きする。

与兵がイキイキとしています。

吾助

じゃあ、もう
ほぼできてる感じだな。

吾助は鶴太郎の前に座り、町で買ってきたはた織りの材料を渡します。

吾助

これでいいか?

鶴太郎は座り直し、その場で確認します。

鶴太郎

うん。
大丈夫だよ。

鶴太郎

よく全部集まったね。
足りないものがあるんじゃないかって思ってたんだけど。

吾助

知り合いに聞いたんだ。
時間もわりとあったし。

鶴太郎

……。

そして、鶴太郎はスクっと立ちました。

与兵

……立った?

吾助

……立った


あまりに自然に立ったので、二人はぼけっと見ていました。

鶴太郎

それじゃ、
ボクははたを織るから。


よっぽどはた織りがしたかったのでしょう。
鶴太郎はキリっとした表情でそう言いました。

そして、納屋に入り、扉を閉めました。
与兵と吾助は外に残したままです。

2人がボケっとしていると、

という音がしました。

与兵

え?

鶴太郎

お腹空いたら呼ぶから。


と、中から声が聞こえました。
与兵は扉を開けようとしますが、開きません。

中にある物で開かないようにしたようです。

与兵

おい、ちょっ……、
なんでこんなことするんだよ!

与兵は扉をゆすり、開けようとしました。

鶴太郎

あ、そうだ。


思い出したように言います。

与兵

あ?

鶴太郎

「わたしはこれから、はたを織ります。
はたを織っている間は、決して中を覗かないでください……。」


妙にしおらしく言います。

与兵

はぁ?!

鶴太郎

「決して決して覗かないでください。」

鶴太郎

「決して決して覗かないでください。」

与兵

お前、何言ってるんだ?!

鶴太郎

言ったから。

吾助

なんで三回?


そして、鶴太郎の気配が遠ざかりました。

与兵

おいこら、開けろ!
掃除まだ終わってないんだぞ!

鶴太郎

こんだけ片付いてたらいいよ。
ありがとね。

さっきよりも遠くから鶴太郎の声が聞こえました。

与兵

開けろ!

与兵

そんな中途半端な状態ではた織りなんてすんじゃねえ! 俺の気分が悪いんだよ!!!


与兵は掃除や炊事や洗濯に命をかけています。

鶴太郎

「恥ずかしゅうて、織っている姿を見られとうはございませぬ。」

与兵

は……、恥ずかしいって、何がだよ?!

鶴太郎

与兵のエッチ

与兵

!?

与兵

俺は別に、変な想像とかしてるわけじゃないぞ。お前が変なことを言うからだな……。

鶴太郎

お腹空いたらココ開けるから、
ご飯のしたく、しといてよ。


鶴太郎はそう言いました。
与兵はドアをたたきます。

与兵

鶴太郎!
開けろ!

与兵

鶴太郎!
鶴太郎!

それから返事がなくなりました。

与兵

こいつの名前の連呼、
なんか、嫌だ……。

顔のイメージと、どうしても合いません。

吾助

演技っぽかったな……。

与兵

演技……?
え? 何それ?

吾助

何かのセリフを
言っているみたいだ。

与兵

いや、
意味わかんないし。

吾助

ふだん、
あんな言い方しないだろ?

吾助

敬語だったし
「見られとうはございませぬ」とか言ってたし……

与兵

そういえば……

与兵はあまり気になっていないようでした。

吾助

なんで、
あんなセリフを言ったんだ?

与兵

あいつ……、
何、してるんだ?

しばらく納屋の外で二人は立ちすくんでいました。

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