どうして俺は……

吾助は紅茶を飲み終えると、町に帰ると言いました。

与兵

せっかく来たんだから、もっとゆっくりしてもいいだろ?

残念そうに与兵は言いました。
がっかりしているのが丸わかりです。

吾助

散歩ついでに寄っただけだし。

吾助は優しい目で見つめます。

与兵

お前の散歩、どれだけ遠出すんだよ

不機嫌に与兵は言います。

歩いて1時間ほどです。
それに、山道を登ってくるのは大変です。

吾助

また来るよ

吾助は笑顔で言いました。
小さい頃と同じでした。

与兵

ガキの頃も、
吾助はこんな感じだったな……


そんなことを思っていると、

吾助

借金の返済も残ってるし。

と、低音でボソっと言いました。

与兵

う…………。


ショックです……。
けれど、それを言われて、与兵はハッとしました。

与兵

お前、本当は……、
金に困っているんじゃないのか?

吾助

困ってねーよ。


笑みを浮かべ、軽く言います。

与兵

じゃ、どうしてこんな山奥までトン汁食いに来るんだよ。

吾助

…………。

吾助

トン汁食いたくて
来てるわけじゃないからな。


それは否定をしないといけません。

与兵

町では何も食えないとかないわけ?

吾助

……そこまで困ってないよ。
マジで……。

与兵

そうか?
でも、いつもお代わりするし、よっぽど腹減ってるんだなって……。

吾助

変わんなくていいとは言ったけど、
そこは直せよ。

与兵

わかった


真面目な顔で言います。
でも、

吾助

わかってないんだろうな……。


と、吾助は思いました。

与兵

さっき、薪を売って豚肉とすいとん粉を買って残った分だけど……。

与兵は小銭を吾助に渡しました。

与兵

ホントは、
町で会ったら渡そうと思ってたんだ。


吾助はそのお金を目で見て数えます。
というか、数えるほどはありませんでした。

吾助

これだけか?

目が厳しい借金取りのようになっています。

与兵

……。


与兵は無言でうなずきました。

吾助

少ないな。


まるで、その筋の人間のようです。

与兵

最近は、薪を使う家も減ってきたみたいで、あまり必要ないって言われたんだ……。

吾助

そんなわけないだろ?
お前、足元みられたな。

町の方を見て、怒ったように吾助は言います。

与兵

…………。


黙って怒られました。

吾助

まあいい。
お前、次に薪を持って町に来たときは、俺んとこ来い。

吾助

もっと儲けさせてやる。


そう言って、ニヤっとして、吾助は小銭を懐にしまいました。

与兵

前なら「それなら要らねえ」
って、言ってたはずだ。

実はそれを期待していました。

与兵

吾助、絶対にお金に困ってる……。


と、また確認もしないでそう思いました。

吾助

薪を売るときは
絶対に俺の所へ来るんだぞ。

険しい顔で言った吾助が、与兵に背を向けました。

与兵

待てよ。
お前、ホントは金に困ってるんだろ?!


吾助が振り返ります。

吾助

困ってねえよ。

与兵

それじゃあ、なんでこんな小銭に手ぇ付けんだよ。前は金に興味なかったじゃないか。

吾助

そんなわけないだろ。
いい生活をするには金が必要なんだよ。


哀しそうな目で吾助は言いました。

与兵

じゃあ、ここで暮らせばいい。
ここなら畑もあるし、家の裏には木の実もある。今は冬だから取れないが、その間は薪を拾って売れば……。

吾助

そんな生活、俺にはできないよ。

与兵

ホントは……、
俺のせいでヤクザに金、払ってるんだろ?


唇をかみしめて与兵は言いました。

吾助

そんなことしてねーって。


軽く言って、背を向けます。

与兵

でも……。

吾助

じゃあな


逃げるように吾助は帰っていきました。

与兵

吾助……。

与兵

俺は……、どうしていつも……、
あいつに……。


与兵は悔しそうに、幼馴染を見送りました。


肩を落とした与兵が囲炉裏端に戻ってきました。
鶴太郎の顔も見ずに、囲炉裏の火をぼんやりと眺めています。

その様子をじっと見ていた鶴太郎は、

鶴太郎

ボクにはたを織らせてよ。


と、言いました。

与兵

ダメだ。
お前はそんなことしなくていい。

鶴太郎

するよ。

鶴太郎

だって、
ボクは与兵の嫁だもん。

当たり前のように言います。

鶴太郎

さっき、言ったよね。
ボクは与兵のものだって。

与兵

………………。

鶴太郎

ボク、嬉しかったよ。

鶴太郎

だから、与兵のものであるボクが吾助を助けるために、はたを織るのはアリだと思うんだ。

鶴太郎

ボクは吾助がどうなろうと構わないけど、与兵は違うよね?

与兵

…………。

鶴太郎

与兵がしたいこと、
ボクにも手伝わせて。


辺りが暖かくなるような笑顔でした。

与兵は鶴太郎を抱きあげ、自分の膝の上に座らせました。

鶴太郎

あ……

与兵

余計な気を回してるんじゃない。


そう言って、後ろから抱きしめます。

与兵

お前は俺のものだけど、
お前はお前の好きなように生きればいい


優しい顔で言いました。

鶴太郎

うん……。


鶴太郎は、そっと自分のお腹のところで組まれていた与兵の手に触れました。

鶴太郎

大好き
与兵。

与兵

…………。

与兵

やったらダメだよな……。


与兵はそう思いました。

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