……はた織りを、
させる。
……はた織りを、
させる。
三日後、与兵はまた薪を売りに町までやってきて、買い物を終えると診療所に向かいました。
悪ぃっすねぇ。
いつもいつも。
チンピラと吾助が診療所の横にいるのを見つけました。
俺が好きでやってるんだ。
へへ。
じゃあ、俺はこれで。
男はそう言って、ポケットに数枚のお札をねじ込みます。
へへ、へへ。
へらへらと笑ったチンピラは、吾助に何度も手を振り去っていきます。
吾助は厳しい顔で、チンピラを見ていました。
…………。
あいつ……。
やっぱりヤクザに金、渡してるじゃないか。
吾助!
与兵は吾助に走り寄りました。
ああ、与兵。
来たのか?
与兵に気づいて、向きを変えました。
……まあその。
お金のことを聞きたかったのですが、すぐには言えませんでした。
ガキの具合はどうだ?
まさか、やってないよな。
当たり前だ!
我慢してます。
あいつは、今、家でゴロゴロしてると思う。
いい表情、するようになったな。
な……なにバカなこと言ってんだよ。
お前、こっちにいるときは悪ぶって、眉間にしわ寄せて、相手のことなんておかまいなしにやってたし。
……そうだったっけ?
来る者拒まずだっただけで、深く考えていませんでした。
お前の歴代彼女たち、それが嫌で俺んとこ来てたんだぞ。
吾助くんの方が、
私のことを理解してくれるの。
そう言って去っていった彼女の言葉を思い出しました。
でも、もうその彼女の顔も名前も思い出すことができません。
それであんなこと言ってたのか……。
お前、山の生活が合ってるんだよ。
よかったな。
……俺、あの生活。好きだ。
山奥で暮らして、初めて生きてるって思えたんだ。
畑を耕して、自然に触れあって、朝日が昇るのを見て……。
与兵は目を閉じて、すーっと息を吐きました。
でも、それは、お前の犠牲で成り立ってたんだ!
俺、じいさんに言われるまで気づかなかった。お前のおかげで今ここにいられるってこと。
そこまでのこと、
してないし。
違う!
吾助は……吾助はいつだって俺のこと……。
そう言って、吾助の服をつかんで肩に額を付けました。
ごめん……。
ホントにごめん。
与兵は自分を情けなく思いました。
兄弟のように育った吾助に、大変な思いをさせてしまっています。
吾助は与兵の頭に手を置きます。
気にすんなよ。
ダチのこと心配すんのは、当たり前だろ。
でも俺、そんな吾助の気持ち、
気づかなかった……。
お前はなんもわかっちゃいねえよ。
そう言って、与兵を離しました。
俺、お前のためなら、
何でもするから。
簡単にそんなこと、
言うもんじゃない。
俺はお前が
いてくれるだけでいいんだ。
金、要るんだろ?
お前に金なんて頼まねえよ。
与兵は唇をキュッと噛みました。
あいつに、
はた織をさせる。
無理すんじゃない。
ガキの頃からヒモには絶対にならないって言ってたじゃないか。
俺とあいつの生活費は、今まで通り、畑と木の実で済ませる。
はた織の稼ぎは、お前が好きに使ってくれ。
お前さ、それ、いいと思ってんの?
そんな条件、他のヤツに出したら、お前ら骨の髄までしゃぶられるぞ。
吾助だから言ってるんだ。
もちろん、あいつがやるって言ったらだし、ガキの言うことだから、売り物にならないかもしれないけど……。
わかったよ。
材料はこっちで用意する。もちろん、あのガキの足がよくなってからだ。
早く借金を返して
ヤクザ連中とは手を切るんだ。
……………………。
……………………。
なんだ?
あいつに無理させるなよ……。
完全に治るのはまだかかりそうだからな。
わかった!
てか、まだダメだぞ。
俺が許可するまで、はた織りは禁止だ。
ああ。
与兵はうなずきました。
俺があのガキを診察して、大丈夫なようなら材料を持っていく。
わかった。
俺、あいつにそう言ってくる。
元気よくそう言って、持っていた小銭をすべて渡すと、与兵は急いで山へ帰っていきました。
期待せずに、
適当にやるか。
あのガキが
どれだけの物を作れるかがわかんねーからな。
ドアが開いて、診療所のおじいさんが出てきました。
お前ら、玄関先でなにしとるんじゃ。
そこでイチャイチャされたら、患者さんが入ってこれないだろうに。
してねーし。
こんなド田舎の診療所、大した病人も来ないだろ?
バカもん。
そういう気持ちでやってちゃいかん。
病気に大きいも小さいもありゃせん。
病気やケガになったらどうしようという心配をなくしてやることもワシらの仕事なんじゃ。
じじばばの話も聞いて、ストレスをなくしてやることも大事なんじゃ。
はいはい。
なんじゃ、与兵は帰っちまったのか?
ガキが心配なんだろ?
ちゃんと面倒をみているようだのぉ
かなり邪念入ってそうだけどな。
おじいさんは嬉しそうです。
いつも遠くから、与兵と吾助の成長を見守ってくれています。
でも、帰ってしまったか。
用事でもあったのか?
せっかくワシが腕によりをかけてワッフルを作ってやったに。
ジジイ、どうしてそんな物が作れるんだ?
ワシにできないことはない。
そういえば、別宅にあった紅茶セット、
ジジイのだよな。
ワシの女房が別れるときにくれた、大事な品じゃぞ。
……結婚してたのか?
長く生きていれば、
結婚くらいするだろうに。
吾助は嫌な予感がしました。
何回結婚したんだ?
数えたことない。
与兵の女癖の悪さは、このジジイに育てられたせいだな。
重婚はしとらんぞ。
ちゃんと別れてから
新しい女房を作っとる。
…………。
今はそういう
時代じゃないからのぉ。
おじいさんは、大きな声で笑って診療所に入っていきました。
納得できねえ……。
なんであんな
ジジイが……。
吾助はため息をつきました。
でも、ここいらでは見かけない、紅茶のセットを別れ際に渡す女って……?
……………。
ナイナイ。
ありえない。
吾助は浮かびかけた考えを押しやりました。