俺の物は俺の物
お前の物は……
俺の物は俺の物
お前の物は……
…………。
しかめ面をして紅茶缶の後ろのシールを見ながら、与兵は紅茶を入れています。
吾助はそれをじっと見ていて、鶴太郎はそんな二人を見ていました。
…………。
瞳の奥に寂しさを湛え、切なげに微笑む退廃的な雰囲気。
こうなると好みの問題かな?
今のところ与兵がいいようです。
だって与兵、
いい匂いがするんだもん。
彼の仲間は匂いフェチが多いようです。
みんなも絶対に、この匂い好きだよ。どうして今まで気づかなかったんだろ。
それとも、もう誰かが……。
入ったぞ。
与兵はそっと、床の上にティーカップを置きます。
思っていた以上にちゃんとしていました。
鶴太郎が一口飲むと、
おいしいよ。
すごいね与兵。
と、言いました。
まあな。
すぐに機嫌が直ったようです。
こういうところ、
好きかも……。
鶴太郎はこっそり思いました。
与兵は吾助と自分の分も用意しました。
吾助のところに紅茶を置き、与兵が座ったのは鶴太郎と吾助の間の角です。
狭いんだけど。
あっちの方が空いてるぞ。
吾助は反対側の、誰もいないところを指しました。
ここ、俺の席。
こんな角が?
そうだ。
決まっているわけではありませんが、いつもは吾助がいるところに座っています。
与兵、こっちに来れば?
ボク、あっちに行くから。
そう言って、鶴太郎は両手を与兵の方に差し出しました。
なんだ?
だっこ。
さっきはひとりで動けたじゃないか。
まだ動かない方がいいって。
ったく。
そう言いながら鶴太郎を吾助の正面の席に移動させ、自分は鶴太郎がいた席に座ります。
あっちがいい。
もうひとつ空いている、吾助の隣の席を指しました。
危険だから、そこに居るんだ。
危険?
吾助は猛獣だ。
近寄ったら危ない。
そう言って、紅茶カップを鶴太郎の前に移動させます。
こんな心優しい
猛獣はいないだろ?
猛獣は猛獣だ。
こいつに手ぇ出すな。
心優しいは否定しませんでした。
お前、こいつの名前、
言えるか?
紅茶を飲みながら、いたずらっ子のような表情で吾助が言います。
?
鶴太郎だろ?
あっさりと答えました。
覚えててくれたの?
初めて名前を呼ばれて、鶴太郎は嬉しそうです。
忘れるわけないだろ。
こんなインパクトのある名前……。
ふーん。
そう言って、吾助はお茶を飲みました。
いや……。
この顔で鶴太郎はない……。
→
この顔で鶴太郎
それが悪いなんて
言ってないけど。
…………。
歴代彼女の名前は、
まったく覚えていない与兵でした。
ところで、よく紅茶なんて入れられたな。いつも緑茶なのに。
ふっ
これに書いてあった。
与兵は紅茶のカンの後ろに貼ってあるシールに書いてある入れ方を自慢げに見せました。
紅茶セットは、納屋で武器を探していた時に見つけました。
この通りに煎れれば
問題はない。
自慢げに言いました。
あとは、美味しいワッフルとかあったらいいな。
えっ!
何のことだかわかりません。
今度作ってね。
あ……ああ。
与兵はワッフルもスコーンもわかりません。
なんだ、それは……。食い物のことか?そうだよな、この言い方はきっと食い物だろう。こいつの故郷の味か?
ワイルドな男の料理が得意な与兵です。
教えなくてもこいつなら
見つけてくるだろう。
吾助もうっすらとしかわからないので、何も言いませんでした。
与兵って、すごいな。
別に……、俺なんて、
すごかねーよ。
デレました。
そんなことないだろ。
お前、やっぱりすごいよ。
吾助に言われてもな……。
吾助は家事以外、何でもできます。
兄貴肌で、吾助を頼ってくる人も多いです。
おじいさんのお手伝いも、その代わりに診察することも、難しい勉強もなんでも器用にこなします。
特に勉強は、与兵には何をしているのかわかりません。
おじいさんが持っている本は、この辺りでは知ることができないことが書いてあります。
町でも文字を読める人はそれほど多くはないのに、吾助は独学で読めるようになっていました。
与兵は吾助に教えてもらっても、ちんぷんかんぷんでした。
これ、読めるのか?
読めるぞ。
こないだじいさんに
教えてもらった言葉と違うんだけど。
俺らが使ってない
外国の言葉の本もあるからな。
人間が書いたのか
わかんねーのもあるし……。
そうなんだ。
吾助はよく読めるな。
法則があるから、それがわかれば
あとは自然にわかるようになるぞ。
わかんない……
小さい頃、吾助はそう言っていましたが、与兵にはその法則がわかりません。
だから、与兵の彼女たちは、吾助を選ぶのだと思っていました。
頭が良くて、頼りになって、カッコいいのです。
積極的に邪魔した結果だと、与兵は気づいていません。
バカだな。
俺はお前みたいになれないんだよ。
吾助の言葉で我に返りました。
俺みたいにならなくてもいいだろ?
自然にさらっと言いました。
それを見て、吾助が笑みを浮かべます。
ならないんじゃなくて、
なれないんだ。
そうか?
与兵は自分が周りからどう見られているのか知りません。
ただ、毎日を一所懸命、生きているだけです。
お前はいつまでも、
そのままでいてくれよ。
嬉しそうなのですが、どこか寂し気な笑みを浮かべました。
遠い山の向こうでも見るかのようです。
何、言ってんだよ。
ちょっと嬉しそうに、与兵は言いました。
ボクの与兵にちょっかい出さないでくれない?
危機感を持った鶴太郎が言いました。
お前んじゃねえし
怒りました。
え?
鶴太郎の目にみるみる涙があふれてきます。
お前が
俺のなんだよ!
鶴太郎に言われるとしっくりこなかったのですが、「自分のだ」というとしっくりきました。
……
みるみる笑顔になりました。
こいつが泣きそうになるから、仕方がなく言っただけだ……。
言ってみたら超恥ずかしかったようです。