視界いっぱいに広がる赤。

それは生き物のごとくバチバチと音を立て蠢いている。



私はただ手を引かれ、執事のエドワードに駆け足でついて行く。

姫、ここから先はナリルと供に。

エド、あなたはどうするの?


声が震えてしまう。
臆病な私はわかっていも聞いてしまうのだ。

時間を稼ぎます。
後ほど追いつきます故、お急ぎを。


私を安心させるために少し微笑んでみせた
エドワード。

さあ、姫様こちらに!

必ずよ、エドワード。

ええ、必ずや。

メイドのナリルが私の手を引く。
別れ際に後ろを見てエドワードを見る。
しかし彼はもうすでに割り切ったかのようにこちらを振り向かない。

きっと彼とはもう合流することはないだろう。

きっと彼は命ある限り足止めをするだろう。

そんな確信が私の中にあった。

ナリルとともに炎の城の中を走り抜ける。

絨毯は燃え、骨格が砕け、煙が充満する。

その中でさえ追手は手を緩めてはくれない。
じわじわと迫る気配は炎よりも恐怖を覚えさせた。
その恐怖をきっとナリルも感じ取ったのだろう。
ナリルはぎゅっと手を握り返してくれた。

姫様こちらです!


目的の部屋に着いたのだろう。
煙の中、眼を凝らすとそこは食料庫であった。
食料庫の中は水路が張り巡らさており、気温を下げ食材を保存できるようになっている。

この中にお入り下さい


言葉に従い中に入る途端、扉は閉められナリルによって外から鍵を掛けられてしまった。

どういうこと!ナリル!


扉を叩き、私はナリルに問うた。

姫様、奥の3番目の水路へ。
そこから森に脱出を。


扉越しに聞こえてくるナリルの声。
その声は少し低く冷淡に聞こえた。

…ナリル、私にあなたを置いて行けというの?

私は姫様と同じ髪色でございます。
姫様に比べれば少し霞んではしまいますが姫様の脱出する時間ぐらい稼いでみせます。

そういうことじゃないの…!私は…これ以上失いたくないの…これ以上…!

もう嫌なの、みんな私を置いていってしまった。
そして誰も帰って来てくれなかった。

姫様、私はあなたに生きてほしいのです。
これが恩返しであり、友人としての願いです。

さようなら、アリア
貴女に仕えることができて幸せでした。


ナリルはそう告げると走り出した。
待って、と叫ぼうしたが喉が掠れて声が出なかった。ただ私はドアノブに掴まって泣き崩れてしまった。

ナリル……

気がつくと私は森を歩いていた。

きっと自衛のために無意識に行動していたのだろう。





ふと後ろを見ると炎に包まれた城があった。
それはとても綺麗で儚い光だった。

私は全てを失った。私を慕う人々、居場所、そして未来を。

おいそこの女

そこには帝国の兵士3人が立っていた。

ヒュー、なかなかの美人だぜ。街から逃げて来たのかい?お嬢さん?

逃げ…なきゃ…


逃走の果てにボロボロになった足は限界を迎えよろよろと倒れてしまう。

うッ…!

無理無理!やめときなって嬢ちゃん
大人しくしといたほうが身のためだぜ


そう言って男は私にまたがってきた。
後ろの2人は薄気味悪く笑っていた。

さ、わるなッ!

こらこら暴れんなよ、フヒヒ

最後の力を振り絞り抵抗するが男の力には敵わない。


しかし諦めていた左手になにかに当たる。

それを掴み取り男の目がけて突き刺してやった。

うわああああああああッ!
このクソアマがッ!


右目を木の枝で刺され慄いた男は立ち上がり、剣を抜いた。

ぶっ殺してやる


当然、木の枝で敵うはずもなく枝は弾き飛ばされてしまう。
私はここで死ぬのだ。しかしこのゲスどもに殺されたら私に尽くしてくれた者たちに顔向け出来ないと思った。

体は限界でその場から立ち上がれない。

片目の代償は大きいぜ、嬢ちゃん

そう言って男は剣を突き刺さそうと振りかざした。

瞬間、立ち膝になっていた私の肩を押され右へ突き飛ばされた。

そして左に現れたのは白くて黒い傷だらけの騎士だった。

騎士の剣が帝国兵士の首に刺さり、

兵士の剣が騎士の胸を貫いていた。

………

アアッ……?!

帝国兵士は起きたことが
信じられないような顔をして倒れ、


そして騎士は自分に刺さった剣を何事も無かったかのように右手で引き抜いた。

その傷だらけの騎士を見た私はある物語を思い出す。

ヘルヘイムの魔人…

第1話 すべては炎の中に

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