姿を消したメルについて、アークはニコリと笑う。
彼女は逃げたのかもしれませんねぇ
姿を消したメルについて、アークはニコリと笑う。
逃げた?
水晶玉が揃った以上、気にすることではありません。一度部屋に戻りますよ
不敵な笑みを浮かべて立ち去るアークの背中をオレたちは追いかけた。
憑き物が取れましたか
アークの視線はシュバルツに向けられる。
まぁね……実はさ……
シュバルツは詳細をオレたちに説明してくれた。
双子の兄を事故で死なせてしまった過去を。
その双子の兄の代わりとして白猫を拾い、【ヴァイス】と名付けたこと。
その【白猫ヴァイス】が今、ここに居る【ヴァイス】であり、その姿は双子の兄そのものであること。
どうやらシュバルツに憑いていたものは、他者からの憎悪ではなく本人の罪悪感だったらしい。
過去の罪悪感に縛られることをやめた彼。これからは前を向いて生きようと決めた、そうだ。そう思ったら、背中が軽くなったのだという。
憑き物が取れるなんて珍しいことですが…………良かったですね
まぁな
………これからのことですが、私も行きますよ
行くって?
もちろん、外にです
奉仕作業していないのに? そんなことが出来るの?
ラシェルがもっともな反応を示す。ここから出たければ、水晶玉を七つ集めて主にお願いする。水晶玉を集めるには奉仕活動をしなければならない。
これはアークが教えてくれたことだ。
奉仕活動をすることは水晶玉を手に入れる為に必要な行為。
オレたちは水晶玉を手に入れるために、自分の罪を見せられてきた。
七つ集めれば扉が開く。主に望む願いが同じなら一緒に行ける。横から割り込んでも可能ってわけか
はい、とアークは涼しい笑顔で対応。そして、優雅に頭を下げた。
改めて自己紹介をしましょうか。私はアーク。魔法使いです。この先を進むのに魔法使いの力は必要不可欠かと思います。扉の場所の在処は魔法によって隠されていますからね。魔法使いでなければ、まず見つけられません
お前は誰かが集めるのを待っていたのか? 扉の場所は分かっていても、ひとりでは扉を開ける為の条件を揃えることが出来ないから
ご想像にお任せします……が、私は皆さんにアドバイスを与えて、寝床まで与えました。更に扉の在りかも案内するのですよ。それの対価としては十分すぎるかと
それに反論することは出来なかった。
オレたちはアークがいなければ、おそらく一歩も進めなかっただろう。最悪、あの勇者のように無残に殺されていたのかもしれない。
恩は感じているが、なんとなく踊らされているような気がしてならない
魔法使いなの?
はい
不敵な笑みで返された。ラシェルがオレの背中に隠れる。
ようやく、この男の漂わせる不穏な空気に気付いたのだろう。
魔法使いです。そして、デュークのご主人様の友人でした
デュークの……ご主人様?
ラシェルが見上げる。
オレに主がいたことを彼女は知らない。
知られて困ることではないが、このタイミングで明かす意図がわからない。気づけば全員の視線がこちらに向けられていた。
…………オレは、ある魔法使いと契約を交わした幻獣だ
あの姿……やっぱり幻獣だったのですね
幻獣?
え、デュークって人間じゃなかったのか
ヴァイスだけが納得した、という表情を浮かべる。ラシェルとシュバルツは首を傾げてばかりだ。まだ、わからない。理解できないという様子。
ヴァイスは気づいていたのかよ
ボクだって魔獣だからね。獣のことは詳しいよ。デュークさんの外見って幻獣だったから……そうかなって思っていた。人間の姿が本当の姿で幻獣の姿が偽りの姿だった可能性もあったけど
おれは白い狼かと思った。幻獣の姿を晒すだなんて危険じゃなかったのか? おれは、詳しいことはわからないけど、幻獣って滅多に人前に姿を晒さないのだろ
ここでは、自分の本当の姿は偽れません。幻獣の姿を晒すことが危険なことは、理解していても抗えないのですよ
シュバルツの疑問にアークが説明を加える。ラシェルだけはまだ何の話をしているのか理解できない、そんな様子で首を傾げていた。
人間は【人間時間】での姿を偽ることが出来ません。人外は【人外時間】での姿を偽ることができません
勇者も勇者の姿を偽ることは出来ませんでした。結果、彼を恨む者たちの手で成敗されました。隠れていれば良かったのに………愚かな勇者。知名度が高かった為に、殺されてしまいましたね
知名度が高いと不利になるんだな
はい、知名度が高いと不利になります…………………なので、私と面識のある坊ちゃんの記憶は消させていただきました
ニコリと笑みを深めるアーク。嫌な笑い方、その視線の先は……
え?
その笑みと言葉にシュバルツは、これでもかというくらいに目を見開いた。
まさか……薔薇園で会った……あの時の魔法使いはアンタだったのか
シュバルツは更に目を見開く。
はい、まだ気づいていなかったのですか? 憑き物が取れたというのに………
…………
ああ、私の魔法の方が強力だったのですね。それにしても、思ったより元気そうです。安心しましたよ
あ………嘘だろ
シュバルツが頭を抱え込んだ。
お前たちも知り合いだったのか
オレは二人を交互に見て、ヴァイスを見る。
あ、ボクは初対面ですよ
知り合いといいますか……………………雇い主のお孫さんでしてね
雇い主?
はい。あれも運命的な出会いだったのかもしれませんね
記憶を消したってどういうことだよ
シュバルツは背伸びして、アークの胸倉を掴む。そんなことをしてもアークに勝てるはずないのに。
だから、それが坊ちゃんの望みだったはずですよ
……覚えてない!
もう少し、冷静になってくれませんか。坊ちゃんは確かに、何もかも忘れたいと告げたのですから
………
シュバルツは思い当たるふしがあるのか、低く呻いてから大人しく手を離す。アークは微笑んだまま身なりを整えた。
無駄だ、アークに勝てる者なんて、この世に存在しない
デューク、冷たいですね
事実だからな
それで、それで、デュークのご主人様ってどんな人なの?
ラシェルの目は輝いている。その話は終わったつもりだったが、彼女はどうしても気になるらしい。
ミランダについて話すのには問題があった。
最初に言っておくけど、クリスも同じ主だ
え?
予想通り、表情が曇る。
あの人は多くの契約獣を抱えていて、オレもアイツもその中の1匹にすぎない。その中でオレと関わりがあるのはアイツだけ。それでも知りたいか? 彼女の話をすれば、アイツの名前も出てくる
クリスの名前が出るだけで、こんなに嫌そうな顔をする。だけど、クリス抜きでは語れない。
……良いよ
では、皆さん椅子にでも座って……お茶でも飲んで話しましょうかね
テーブルには既に紅茶が並べられている。いつの間に用意したのだろうか。