そんなはずはない。

この世界に灯里が存在しないのなら
彼女がここにいるはずがない。



西園寺の屋敷にいるか
別の人形技師の下で修理を受けているか
もしくは壊れてしまったか。

存在すらしていない
可能性だってある。


しかし。



あなたが欲しいのは、これ、でしょう?




彼女は袂から
チャラリ、と細い鎖を引き出した。

鎖に似合わない無骨な鍵が
先端で揺れている。


……何故、

その鍵を持っていたのは
紫季だったはずだ。

何故彼女がそれを持っている?
























彼女は


























誰だ?






























撫子は自動人形で
それも先代が残した古いものだ。

もし喋ることができたとしても、
「はい」か「いいえ」程度の言葉を
ざらついた機械音で返すのが
せいぜいだろう。



相手の考えを見越して
話しかけてくることなど
できはしない。























しかしその簪は、

侯爵は余程撫子に会いたいらしい




撫子以外に
誰が持つと言うのだ。








































戻りたいのでしょう?








彼女は白い手を差し伸べる。
消えた級友と同じ微笑みを浮かべて。







この手を取ればやり直せるのか?


しかし
それは言いかえれば
木下女史を切り捨てると言うことだ。






もう一度あの日に戻ったら
きっと俺は助けない。

物陰で息を潜めて
事の次第を全て目に焼きつけるだけ。





 それでいいのか?

それができるのか? 俺に。






















あなたなら助けてくれる、と……そう信じています

誰を?

……



彼女は目を伏せた。
その仕草はとても灯里に似ている。








撫子にしてみれば
面識のない木下女史より灯里だろう。






でも俺は?

でも、元々生きるのは灯里のはずだったんだ。だから、



本当にそれでいいのか?

それが正解なのか?























































俺は、

























































……






差し出されている手に、


晴紘は手を伸ばした。










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