……なにをなさっているんです
紫季!
助かった。
とりあえず飯にはありつける。
そう胸を撫で下ろす晴紘を、
紫季のほうは怪訝な顔で見上げる。
呼び鈴も押さずに。もしかして針金で鍵を開けてみようなどと、くだらないことをお考えでしたか?
呼び鈴?
紫季は黙ったまま
視線を扉の脇に向けた。
彼女の視線の先に
呼び鈴がある。
この古びた家に似つかわしく
良い感じに煤けてはいるが
しかし、
呼び鈴なんかあったんだ
見覚えはない。
おかしなことを。いつも鳴らしているじゃありませんか。
出るのが遅いと文句まで仰いますのに
鳴らす? 俺が?
晴紘はもう一度紫季を見、
それから
おそるおそる呼び鈴に指をのせた。
ひやり、と
硬い感触が伝わる。
押すと、
開け放たれた玄関から奥へと続く廊下の
そのまた先のほうで、
その硬い印象のままの音が響いた。
なにを今頃
紫季は呆れた、とばかりの顔をすると
するりと音もなく脇にどいた。
馬鹿なことをやっていないで入れ、と
言いたいらしい。
だが、
晴紘はその場から動けなかった。
……聞いたこと、ねぇ
その音には
全く聞き覚えがなかった。
この呼び鈴をいつも自分は
押しているという。
しかし
その感触も、
その音も、
記憶にはない。
そうだ。
だってこの家はいつも
鍵が開いていたのだから。
呼び鈴を押す必要など
なかったのだから。
でも、この呼び鈴を
俺は
いつ……も……?
紫季、
なにかが違う。
同じようでいて、なにかが違う。
ここは自分が知っている
森園灯里の家ではない。