放課後、牧と踏切で別れて歩いていると、前方に翠ちゃんたちがいた。
正直、めんどくさい。
道を戻って別のルートで帰ろうかと思って立ち止まると、翠ちゃんたちが近づいてくる。

ため息をついて、ポケットのボイスレコーダのスイッチを入れる。

高校に入学したての時期はこれが苦手だったのに、いつの間にか得意になってしまった。

そんな悲しい現実に頭を抱えていると、翠ちゃんが近くまで来て口を開いた。

 

今帰り?

絢香

そうだけど、何か用?

紫穂

ちょっと、あたしたちの話に付き合ってくれない?

絢香

用事があるの

そんなこと言ってぇ、また悠美をいじめるつもりぃ?

絢香

……そんなことしないわよ

膠着状態で少しだけ時間が過ぎる。

先に折れたのは翠ちゃんだった。

じゃあ、いいよ。ここで聞く

絢香

は?

悠美のこと殴ってんの、絢香?

絢香

……はぁああああ?

あまりにも余り過ぎる話に、ちょっとだけ素のリアクションがでてしまう。

絢香

なに、どういうこと?

紫穂

悠美はやさしいからなんにも言わないけど、最近怪我が多いの

絢香ちゃんはぁ、前科者だしぃ?

疑ってんだよ、あたしたち

なんか、もう、勝手にして。

いいよ、あんたたちのグループで仲良しごっこするのは。
勝手にやってればいいじゃん。
あたしのことはほっといてよ。

無言で立ったまま固まっている私に、紫穂ちゃんがイライラとした様子で口を開く。

紫穂

あのね、あんたにとっては悠美は嫌いな人間かもしれないけど、あたしたちにとっては大切な友達なわけ!

そっくりそのまま返すわよ。

牧に手を出したくせに。

あたしの大切な友達に手を出したくせに。

悠美はぁ、ああ見えて結構ぉ、傷つきやすいからぁ、あんまりぃ、手を出してるとぉ、自殺しちゃかもよぉ?

特大ブーメラン投げてない?この子たち。

ちょっと、頭悪いにもほどがあるんじゃない。

……いけない、イライラが募り過ぎて、性格の悪い女子みたいなこと考えてしまった。

ため息ばかりつくあたしに3人もイライラし始めてるみたいだった。

絢香がやってんだろ?

絢香

私は何もしてない

黙って聞いていたけど、それはしっかりと否定しておかなければと、否定するとなぜか驚いた顔をされる。

まだそんなこと言ってんの?

絢香

逆にどうして、そんなに私に関わるの?

そ、それは

それはあたしたちがぁ、悠美の友達だからだよぉ

口ごもる翠ちゃんにすかずフォローが入る。

碧ちゃんの最高序列って確か20前後だったよね。なるほど、戦い方を多少は心得ている。

紫穂

……絢香ちゃん。あなたが今の状況に全く反省してないのはわかったわ

絢香

ふいに紫穂ちゃんが口を開く。携帯で何やら連絡をとり始める。

紫穂

お仕置きしなきゃね?

あ、これやばいヤツだ。

急いで逃げようと後ろを向くと、ガラの悪いうちの学校の男子じゃない男子が数名こちらへ来るのが分かる。

ならば前からと思って前を向けば、こっちにも男子が。
お前ら揃って暇人かよ!

携帯を取り出して、連絡をしようとすると、携帯を叩き落とされる。

紫穂

させると思う?

絢香

さすが、考え方が乱暴だわ

男子相手の喧嘩なんて中学2年生ぶりで、しかも人数が多い。

最悪のことも考えたけど、ただただ殴る蹴るを繰り返されるだけだった。

不幸中の幸い。

男子の気がすんだのか、紫穂ちゃんたちの気がすんだのか、どっちかわからないけど、ぎりぎり意識があるときに暴力はやんだ。

生きてるー?

紫穂

大丈夫大丈夫。肩動いてるから

さ、さすがにやり過ぎじゃなぁい?

碧はそういうとこ、甘ーんだよ

う、うん

紫穂

悠美がされたことに比べたら全然、ましでしょ

……

紫穂

どうしたの、碧

ううん。ほんとぉ、悠美は、優しいからぁ、あたしたちが気を付けないとねぇ

声が聞こえなくなった。

舗装された道路の上に高校生が横たわっているというのに、誰助けない。

住宅街で人通りが少ないのもあるけど、誰も関わりたくないよね。なんて思っていると、あたしに近づいてくる足音がした。

絢香ちゃん!

名前を呼ばれて、安心したら意識がとぎれた。

なんだかすごく気持ちがよくて目を覚ますと、見慣れない天井があった。

どこだここ、と、首をかしげながら体を動かそうとすると、ところどころが痛んだ。

絢香

痛―い!

声を出した時に吸い込んだ空気の匂いに、病院か保健室だとあたりを付けた。

消毒薬の匂いがしたからだ。

あ、よかった!起きたんだ!

聞きなれた声に視線をずらすと、牧が何かを持って部屋に入ってくるところだった。

絢香

あ、助けてくれたの牧?

うー?うーん?

絢香

助けを呼んだのはあたしだけど、ここまで運んでくれたのは長嶺君

……はい?
長嶺君って、長嶺和博君?あたしの幼馴染で、早産の。あの長嶺君?

絶句していると、噂の長嶺君が入ってくる。

ちょっと、待って、落ち着け、病院もしくは保健室はこんなに汚くないよね。
こんなにもの置いてないよね。
ほら、あの天井、思い出して、あたし。
みたことあるよ。

それに、もしかして、消毒薬くさいのってあたしの体なんじゃ……。

和博

おー、起きたか―

絢香

起きたかじゃない!ここは貴様の部屋か、長嶺和博

和博

どうした、キャラがぶれまくってんぞ

ぶれるわ!ブレブレするわ!状況についていけないわ!

あ、絢香ちゃん、結構怪我してるからあんまり興奮しないで

絢香

ねえ、島崎さん

え?な、なあに、松崎さん

絢香

あなた、この後用事があるっていってたじゃない

う、うん

絢香

デート?

……でーと?

牧の顔面がものすごい勢いで真っ赤になった後、ものすごい勢いで青くなった。

え?どういう心理状況なの?

あたし、からかったんだけど。

違うよ!いや、確かに一緒に会ってたけど、この、おバカさんがどうしてもってうるさかっただけだし!その、べ、別にデートじゃないし!しつこいから、その、こ、怖かっただけだし?この間助けられたから、そのお礼だし?で、デートじゃないし!

和博

さすがの俺も傷つくぜ

絢香

ドンマイ、和博

それに!

今度は突然怒りのトーンで牧は話しだした。

今、そんな浮かれたことしてる場合じゃないでしょ!絢香ちゃん、こんな目にあってるのに!ごめんね、あたしが現を抜かしてたばっかりに!

ベットに顔を付けて号泣する牧に、慌てながらも、あたしは口を開いた。

絢香

牧のせいじゃないでしょ。あんなの、誰も予想できないよ

でも…

絢香

私ももうすぐ家だったからちょっと油断してたの

でもぉ!絢香ちゃんのGPSが動いてないことにさっさと気が付けば、途中で駆けつけられたのにぃ!

絢香

牧のせいじゃ……え?

ごめんねぇ、絢香ちゃん!

号泣する牧の頭を撫でていた手が止まった。

絢香

牧、私にGPSなんて付けてたの?

えぐっ、もしもの時に、駆けつけられうように、絢香ちゃんの携帯に仕込んでおいたの

絢香

……いつから?

先週、携帯借りた時

絢香

あー、あの時かぁ

どうやら和博と会っている時に、そのGPSの確認をしたら変な場所で長時間動いてなかったから、不審に思って、駆けつけたらしい。

ちょっと、ビビったけど、牧なりに考えてくれたことだし、結果、いい方向に動いたし、まあ、いっか。あとで解除してもらおう。さすがに、恥ずかしい。

和博

あんま怒んなよ、絢香

絢香

うん

和博

島崎さんなりにいろいろ考えてくれたんだし

絢香

こんなことは怒んないわよ

和博

ならよかった

和博

今日、どうする?帰る?

絢香

帰るよ、おばさんたちにも迷惑かかっちゃうし

和博

そ、ならいいけど、今日は風呂入るのやめとけな。朝はいれ

絢香

わかった

二人で牧を泣き止ませた後、和博のお父さんがあたしを牧を家まで送ってくれた。

家に帰って鏡で傷を確認したけど、パッと見でわかる部分にはあまり傷がなかった。

器用に殴る人もいるものだと、変に感心してあたしは布団に入った

32時間目:ほっといてほしい

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