体育で無実表明をしても結局いじめには、なんの効果もなかった。
変化があったとすれば、暴力系が男子の担当。ねちねち系は女子の担当。とはっきり分かれたことくらいだった。

暴力系は、階段から突き落とされたり(悠美はよくあたしに落とされてるらしい)、後ろから殴られたり、叩かれたり、蹴られたり(悠美は全部あたしからされてるらしい)。

ねちねち系は陰口を言ったり(悠美はあたしに陰で悪口を入れているらしい)と、明確に分けられてきたことだ。

これたぶん誰から主導している。
でもそれは悠美ではない気がする。

この間の体育の一件から、悠美の尻尾をつかむのが困難であることが分かった。
あんな、いじめをしている友人を止める演出としても、悪意が飛び交う中走って出ていける人間がいるだろうか。

あたしはなかなかできないと思う。

だからこそ、あれをやった時点で、悠美はあたしをいじめたいのではなく、いじめをとめたい、だけど友人がエスカレートしていて困っている。

みたいな印象を持たれたんじゃないか。
そう思っている。
そんな悠美に対して、あたしは何も言えない。

悠美は言ってしまえば何もしていないのだ。
人心を誘導しているわけでもない。
ただ、最初の一回だけ、悠美自身が自分に嘘をついた。

考えてみれば、悠美はあたしに対しても、取り巻きに対しても嘘をついたことはない。
悠美が嘘をつくときは、自分に対してだけで、それを糾弾できる人間なんてここにはいなのだ。

なんてことを思ったきっかけは、そう、今の状況。
クラスのみんなの提出物が集まらないこの状況。困った。

ことの発端は先生からの頼まれごとだった。

お昼休み、購買に行って帰ってくるときに、先生になぜか名指しで職員室に呼ばれた。
そして、英語の課題プリントを集めるように言われた。

ここには千裕も、拓也も、匠もいるっていうのに、どうして!
と、思ったけど、先生があたしを指名したんだから仕方ないと、教室に入って声をかけて早5分。
だれも、持ってきてくれない。

悠美は、持ってきてくれるかなーって思ったけど、あの子机に突っ伏して寝てる。
あれ絶対起きてるでしょ。持ってきたくないだけでしょ。

絢香

あれだよね、シカトって意外とつらいよね

千裕

わかるー。俺手伝おうか?

絢香

ほんと?

クスクス。

笑われた気がして、教壇からみんなのほうを見ると、あたしなんて居ないかのように、楽し気な話が続いている。ちっと舌打ちをした。

そんなあたしを匠が不思議そうな顔で見る。
この子、このいじめの本質が分かってないのかしら。

絢香

シカトもつらいけど、私がしゃべった時だけ笑うの最低よね

なるほど!

絢香

わかった?

そうなると、絢香はしゃべるたびに笑われるから、しゃべりづらくなるってこと?!

絢香

そうだよ

女子って、すげぇ!

千裕

はぁ?

近くにいた千裕が声を上げる。
匠はキラキラした瞳で千裕に詰め寄る。

だって、それって、女子が考えたんだよね?!

絢香

だ、だと思うけど

だったらさ!それってすっげーじゃん

拓也

だから何が、すごいのさ

あまりにもよく分からなくて拓也が匠に聞く。

え?だって、そんなこと考えつくとか、性格悪すぎ!頭悪すぎ!

クラスに響き渡る声で言った匠。

この子は、今からその性格悪い、頭悪すぎのクラスメイトから課題プリントを集めなくてはいけない、ということをお忘れなのかしら。

今更だけど匠って馬鹿よね。
かわいらしいバカよね。

拓也と千裕に全力で突込みされて困ってるけど、うん。いいよね。そういうバカ。

千裕

お前、今の絢香の状況ほんとに理解してる?

拓也

僕らが余計なこと言おうと絢香の立場は悪くなるだけなんだよ?

いや、わかってるつもりだけど

千裕

絢香はやさしいから笑ってくれるけど、今絶対女子ざわついたからな?

拓也

僕たちが一緒にいれないときに絢香になにかあったらどうするんだよ

いや、悪いと思って……俺、謝る!

千裕

余計にややこしくなるからもう黙ってろよ

えー

千裕

えー、じゃない!

あたしはほほえまし気に見ていたけど、一連の流れを見ていた牧が時計をみて、時間が少ないことに気が付くと、教室に響き渡る越えていった。

時間ないから、早く持ってきて。持ってきた人先着10人に5時間目の抜き打ち小テストの範囲教えるから。10問中9問以上合格。不合格者は放課後1週間拘束

鶴の一声のように、みんなが慌ててプリントを持ってくる。

絢香

ありがと。牧

いーえ

絢香

私、千裕に頼もうと思ったの

そういう強いカードは最後に持ってくるものよー

絢香

助かった。ありがと

そういうと、牧はプリントを持ってきたクラスメイトにもみくちゃにされそして、人混みに消えていった。
なんだかんだ言って、みんなテストではいい点数を取りたいみたい。

悠美の方も見ると、碧に揺り動かされていた。
ほんとに、食えない女。
何がって、碧と匠のこと指さして笑っている。
きっと、最初から起きていて、わざわざ今起きたフリでもしたのだろう。

クラスメイトが不審に思わないように。
誰かが不審に思わないように。

あることをないことのように、ないことをあることのように振る舞うそのしぐさが、あたしにとっては脅威以外の何物でもなかった。

31時間目:私は見えない存在

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