白い羽根

吾助

喉乾いたな。
茶でも飲むか。

鶴太郎

ボクも欲しい。

二人は囲炉裏にかかっているヤカンを見ました。
湯気を出して、沸いています。

吾助

お前、茶、
入れられるの?

鶴太郎

無理。
吾助は?

吾助

これは無理だ。
診療所のポットなら使えるんだが。

与兵が居れば勝手に入れてくれるので、二人とも自分でやろうという気になったことがありません。
やけどもしたくないです。

鶴太郎

ボク、水でいいよ。

吾助

ああ?

鶴太郎

足、これだもん。
井戸から汲んできて。

そう言って、包帯が巻かれた足を指さしました。

吾助

ったく、図々しいガキだな。

と言いつつも、すでに片足が立っています。

鶴太郎

台所に桶があるから、それに汲んできてよ。湯呑もそこにあるはずだよ。

勝手口の横がかまどなどがある台所になっています。

吾助

そこまでわかってるんなら、自分でやれ。

鶴太郎

足が治ったらね。

吾助

治ってもやらないだろ。

鶴太郎

そんなことないよ。
でも、今はできない。

吾助

あー、もう。
めんどくせーな。

なんだかんだ言っても、立ち上がります。
吾助も困っている人を放っておけません。

鶴太郎

山の天然水は美味しいよ。

吾助

それもそうか……。

ちょっと吾助も楽しみになりました。

吾助

戻ったらその足、
診てやるから。

桶を持った吾助は、そう言いました。

鶴太郎

有料でしょ?
与兵に悪いよ。

吾助

自分で払う気ゼロだな……。

吾助も取る気でいます。

鶴太郎

ボクがはたを織ってお金を作るって言っても、与兵、ダメって言うんだ。

吾助

お前、そんな特技あるのか?

鶴太郎

いい値段で売れるはずなんだけど、与兵の変なプライドが邪魔して、作らせてくれないんだよ。

吾助

嫁に養われたくないってか?
あいつらしい。

鶴太郎

ボク、物分かりのいい嫁だから、与兵に養われてあげてるんだ。

吾助

頭が岩石のように固いヤツだからな。
お前のそういう気持ち、汲んでやれないんだよな。

鶴太郎

吾助、ボクのこと落そうとしてる?

吾助

さあな。

吾助は井戸に行きました。

鶴太郎

油断も隙も無いな。

鶴太郎

なんか、乗り換えていった女の人たちの気持ち、ちょっとわかるかも。与兵の攻撃的なツンの後に、吾助の頭脳的なデレが来たら吾助の方に行きたくなるよね。

鶴太郎

二人でセットのツンデレ。
けっこう強力かも……。

鶴太郎

それで吾助が
おいしいとこ持ってくのか……。

そこへ吾助が戻ってきました。

吾助

お前、なんかけったいなこと考えてないか?

吾助が湯呑に入れたお水をくれました。

鶴太郎

え~、そんなことないし~。

そう言いながらお水を飲みました。

鶴太郎

やっぱ、お茶の方がよくない?

吾助

なら自分でやれ。

鶴太郎の足の包帯を解いて、怪我を見ていた吾助が言いました。

鶴太郎

吾助も貧乏なの?

吾助

あ?

鶴太郎

お金お金って
うるさいよね。

吾助

ボランティアでやってるんじゃない。そっちも診てもらったら治療費払うの当たり前だろ。

鶴太郎

お友達割引とかってないわけ?

吾助

薬もタダじゃないんだ。

鶴太郎

でも、ボク、
薬使ってないけど。

鶴太郎の場合、ほとんど自然治癒でした。
与兵の献身的な介護のおかげで、痛み止めも使っていません。

吾助

診療所でけっこう高い治療したんだよ。あの罠の傷、意外と面倒なんだ。

鶴太郎

ホントはお金、
とっても必要なんじゃないの?

吾助

…………。

吾助は答えず、傷を診ていました。

鶴太郎

はた織りの材料、
買ってきてくれたらお金、入るよ。

吾助

ガキが金の心配してんじゃねえ。おとなしく怪我を治していればいいんだ。

吾助もおじいさんと毎日顔を会わせているので、おじいさんの考え方がしみついています。

鶴太郎

二人してボクのこと、
ガキガキ言うんだから。

吾助

ガキだろ。

鶴太郎

ぷぅ。

吾助は診察を終え、包帯を巻きました。
それから、囲炉裏の前に戻って座ります。

吾助

熱い茶が飲みたいな……。

湯呑の水を飲むと、吾助もそう思いました。

吾助

与兵、早く帰ってこねーかな

鶴太郎と同じことを考えています。

そんなことを思っていると、囲炉裏の木の枠のところに、何か白いものがあるのが目に入りました。
ゆらゆら、ゆらゆらと風に揺れています。

吾助

何だ?

よく見ると、白い羽根でした。

吾助

また羽根?

その羽根をもっとよく見ようと、吾助は手を伸ばしました。

鶴太郎

!!

すると、それに気づいた鶴太郎がパッと羽根を手にしました。

吾助

……あ

吾助が見ていると、

鶴太郎

ぱくっ

っと、口の中に入れてしまいました。

吾助

喰うのか?

鶴太郎

むぐむぐ

噛んでいます。

吾助

物の怪?!

羽根を必死に噛んでいる様子は、そうとしか思えませんでした。

吾助

羽根なんて、
人間は喰わない……

鶴太郎

げほほ!!

ところが、苦しそうに羽根を吐き出しました。

鶴太郎

げほっ、げほっ

吾助

……。

苦しそうです。

吾助

やっぱり無理か……。

ちょっとほっとしました。

鶴太郎

お……お水、
ちょうだい……。

吾助

ああ、ほら。

吾助は持っていた湯呑を鶴太郎に渡します。

鶴太郎

んくっ、んくっ

鶴太郎は一気に飲みました。

鶴太郎

はぁ……、
死ぬかと思った。

涙を浮かべて鶴太郎は言いました。

吾助

……お前、
羽根、喰うわけ?

鶴太郎

……………………。

急に表情がなくなります。

鶴太郎

何が?

吾助

今、羽根食って、
せき込んでたじゃないか。

鶴太郎

な……。

吾助

な?

鶴太郎

なんでも食べる……。

目が泳いでます。

吾助

美味いのか?

鶴太郎

……。

首を振ります。

吾助

じゃ、なんで食ったんだ?

鶴太郎

……。

答えません。

吾助

……。

鶴太郎

……。

吾助

お前、もしかして……。

鶴太郎

!!…………。

鶴太郎は、ピクっとしました。

ところが、

という足音が聞こえてきました。
家の外からこちらに向かってきます。

鶴太郎

与兵の足音だ。

吾助

……。

すぐに与兵が戸口に現れました。

与兵

はぁ……はぁ……。

走って山道を登ってきたのか、息が切れています。

鶴太郎

……。

与兵

吾助、いるのか?!

鶴太郎

……。

吾助

いるぞ。

ニヤニヤと答えます。

与兵

なんかすげー
くつろいでるっぽいし!

吾助

熱い茶、
煎れてくれ。

鶴太郎が飲み干して転がした湯呑を指さします。

鶴太郎

ボクも飲みたい!
ボクの方が、もっと早く飲みたかったんだからね!

与兵

あ"?

怒ったように与兵は言いました。

与兵

ったく、お前ら
俺のこと何だと思ってんだよ。

与兵

俺は
主夫じゃねえ

と言いつつ、ヤカンを持ちます。

与兵

ん?

ヤカンを持った与兵は、床の上に鶴太郎が吐き出した羽根の残骸があるのを見ました。

与兵

なんだ?
コレ……。

吾助

そいつが羽根
食って吐き出した。

与兵

……ばっちいな。

鶴太郎

ひどいよ、与兵!
ばっちくないよ。ボク、綺麗だもん。ばっちくない!

泣きながら言いました。

与兵

掃除すんの、
俺なんだからな。

そう言ってヤカンを置くと、手ぬぐいを持ってきてふき取りました。

吾助

それ見て他に言うことないか?

与兵

いや、
俺が悪いんだ……。

吾助

ん?

与兵

俺が朝からロクなもん
食わしてないから……

吾助

…………。

与兵

だから、羽根食って腹を満たそうとしたんだろ?

与兵は申し訳なさそうに鶴太郎を見ます。

鶴太郎

………………ん?

鶴太郎は、首を傾げました。

鶴太郎

うん?

うなずいてはいません。

与兵

待ってろ。
すぐに茶とメシ、用意するからな。

そう言って、与兵は台所へ行きました。

吾助

…………。

吾助は鶴太郎をじーっと見ます。

鶴太郎

…………。

吾助

…………。

鶴太郎

…………。

吾助

腹、減ってたのか?

鶴太郎

ううん。

鶴太郎は首を振ります。

鶴太郎

朝、食べたすいとん
おいしかった。

キラキラな笑顔で言いました。

吾助

ああ……、
あれ、美味いな。

吾助は小さい頃からおじいさんの家に入り浸っていて、与兵のご飯をずっと食べています。

与兵のごはんは美味しいです。

鶴太郎

…………。

吾助

…………。

微妙な空気が流れました。

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