どうして黙って
いたんだ

与兵は急いで鍋を作って囲炉裏に持っていき、鶴太郎のお椀によそって渡しました。

鶴太郎

わ~い。
お肉もすいとんも入ってる~。

お椀の中を確認して、鶴太郎は大喜びです。

与兵

…………。

もりもり食べる鶴太郎を見て、与兵は思わず笑みをこぼしました。

与兵

……。

でも、与兵はそれどころではありませんでした。

お鍋を作っている間も、気になって仕方がなかったのですが、与兵は吾助に聞かなければいけないことがあります。

吾助

……。

吾助はさっきから二人の様子を見ています。
そんな吾助を与兵はじっと見つめます。

吾助

なんだ?

それに気づいた吾助が与兵に言いました。

与兵

ちょっとツラ貸せ。

そう言って、戸口の方を顎で指します。

吾助

やれやれ。

吾助は立ち上がりました。

鶴太郎

鶴太郎は手を止め、心細そうに二人が戸口から出ていくのを見送りました。

そして、ごはんを食べます。

吾助

何?
愛の告白か?

与兵

茶化すな!

吾助

ふっ

吾助は嬉しそうに笑みを浮かべました。
でも、どこか違うところを見ているようにも見えます。

吾助

往診したんだから、
メシ食わせろよ。

与兵

いいけど……。

与兵

あいつの足
どうだ?

それも思い出しました。

吾助

順調に治ってるよ。

与兵

そうか……、
よかった。

ほっとしたように、与兵は言いました。

与兵

じゃなくて、なんだよ!
ヤクザの女って!

吾助

明美のことか?

与兵

誰?

吾助

お前、最低……。

吾助がボソっと言いました。

与兵

何が?

吾助

明美はお前の名前、
「よ」だけはわかってたぞ。

それで与兵は思い出しました。

よ……なんだっけ?

与兵

あれか……。

与兵

与作だかなんだか言う方がひどいだろ?

自分が言われた名前は憶えていたみたいです。

与兵

吾助だって
与一とか言い出すし……。

根に持ってます。

吾助

つーか、歴代彼女の名前、
言ってみ。

与兵

………………。

出てきませんでした。

吾助

だから下半身で思考してるって
言ってんだよ。

与兵

それ、訂正しろ。
俺は下半身で思考なんてしていない。

真相も知りたいのですが、それがとっても言いたい与兵です。

でも、真相なんて、わかっていました。
吾助が与兵にとって悪いことをするはずがありません。

吾助

…………。

吾助はそんな与兵を、生温かくも優しいまなざしで見つめます。

与兵

ちゃんと外見で決めてる。
だから、頭から入っている。

吾助

…………。

吾助

で?

与兵

え?

吾助

何が言いたいわけ?

与兵

下半身で判断してないぞと……

吾助

顔見て好みだからしてるってだけだろ。それが下半身で思考しているってことだ。

与兵

え……?

吾助

下半身に左右されて思考してんだよ。いちいちこんなこと、言わせないでくれないか?

少し怒ったように、キリッとした眼差しで言いました。

与兵

あ……。
ゴメン……。

吾助

そんなくだらないことを言うために呼び出したわけ?

吾助

寒いんだけど。

与兵

…………。

ちょっとの間、与兵は思考が停止しました。

吾助

話は終わったな。
行くぞ。

そう言うと、すぐに家の方を向きました。

吾助

俺も腹、
減ってるし茶も欲しい。

与兵

あ……、ああ。
わかった。

吾助は家の方に行きました。

与兵

俺ってやっぱり最低だ……。

地味に落ち込んでしまいました。

与兵

吾助の言う通り
下半身で思考してたのか……

与兵

あ……。

与兵

そうじゃないだろ?!

与兵は家に戻っていた吾助を追いかけ、腕をつかみました。
吾助は振り返って与兵を見ます。

与兵

じいさんから、俺のせいでお前がヤクザに脅されているって聞いたんだ。

吾助

もうろくジジイの言うことなんて真に受けてんじゃねえよ。

与兵

もうろくジジイだけど、たまに正気に戻ることってあるだろう。

吾助

………………。

吾助は眼鏡の位置を直しました。

吾助

あのジジイ、
そこまでボケてねえぞ。

与兵

「もうろくジジイ」って、
先に言ったの吾助だろ?

吾助

言ったけど。

与兵

俺が会ってない三年で、そこまでボケたのかなと思ったんだ。

吾助

自分の目で見た情報を優先しろって言ったろ。お前が見て、ボケてたか?

与兵

そうは見えなかった。
自分の歳はわからないみたいだったけど。

吾助

マジで何年生きてるかわからないジジイだからな。それは気にしなくてもいいだろう。

与兵

そうか。じゃあ、
ボケてないんだな。

吾助

ああ、心配しなくていい。

与兵

よかった。

本当に与兵は安心したようです。

吾助

じゃ、
メシ食わせろ。

与兵

って、ごまかすな。

吾助

ごまかしてねえよ。お前が珍妙なボケつっこむからいけないんだろ。

与兵

ボケてねえ。

吾助

お前のボケ、
相変わらずで嬉しいよ。

与兵

吾助……。

与兵

俺も、お前が俺を護るために彼女盗ったんだって聞いて、ちょっとうれ……

与兵

じゃなくって!

吾助

あ?

与兵

ホントは金、その筋に払ってるんじゃないのか?前は治療費なんて取らなかったじゃないか。

ようやく言えました。

吾助

もうお友達料金でやってないってだけだ。

与兵

それにしても高いぞ。なんだよ、10万って……。ぼったくりバーでももっと安いんじゃないか?

吾助

こっちはちゃんと治療してるんだぞ。ぼったくりバーなら座っただけでそれくらいだからな。

与兵

行ったことあるのか?

吾助

お前じゃないんだし、
引っかかるわけないだろ。

与兵

俺も引っかかったことないぞ。

吾助

お前、女に興味ないからな。

与兵

そんなことはない。

吾助

いばることか?

与兵

…………。

吾助

現にお前の彼女、男だし。

与兵

か……、彼女じゃなくって、嫁だ。

吾助

もっと悪いだろ。

与兵

嫁にしろ嫁にしろってうるさいし、あいつ、帰る場所が女郎屋みたいだし……。

女郎屋の真偽は確認していませんが、与兵は勝手にそう思っています。

吾助

そんなこと言って、お前が手元に置いておきたいだけなんじゃねえの?

与兵

ち……、ちが……

与兵

なんだ?
鼻水をすする音?

音がした、足元を見ました。

与兵

お前、どうやって来たんだ!

鶴太郎がいました。

鶴太郎

這った。

鶴太郎が体を斜めにして肘をついて地面に寝転がっていました。

吾助

けが人が無茶すんじゃねえ。

すぐにしゃがんだのは吾助の方でした。
そして、鶴太郎の様子を見ました。

鶴太郎

だって、二人でこそこそ……。
ボク、寂しくなって……。

吾助

ずいぶん器用な這い方してきたな。

泥は腹部ではなく、主に側面についていました。

鶴太郎

怪我してる方の足が、地面につかないようにして来た。

吾助

もうちょっとしたらリハビリしないといけないが、今はまだ無理するな。

吾助

与兵。

名前を呼ばれただけで、与兵は何をすればいいのかわかったようです。

与兵

あ……ああ。

すぐに鶴太郎を背負いました。

鶴太郎

与兵~。

鶴太郎がぎゅっと首にしがみつきます。
暖かい涙が、与兵の背中に落ちました。

与兵

…………。

与兵

心細かったのか?
ひとりにして、ごめんな。

と、思わず言っていました。

鶴太郎

ボク、はたを織るから、
糸を買ってきて。

与兵

……。

鶴太郎

って吾助にお願いして。

与兵

え?
なんで?

自分が言われたと思ったのに、違っていました。

鶴太郎

だって、与兵、
お金ないでしょ?

与兵

ないけどさ、
現金持ってないけどさ。
蓄えもないけどさ。

与兵

なんで吾助?
俺の留守中に、なんかあったわけ?

いままでの悪夢がよぎる与兵でした。

どうして黙っていたんだ

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