鶴太郎と吾助

囲炉裏端で大の字になって寝っ転がっていました。

鶴太郎

与兵がいないとヒマ……。

鶴太郎

てか寂しい……。

という薪がはぜる音が響いています。
鶴太郎は囲炉裏の火を見つめていました。

鶴太郎

……。

ころんと転がって、身体をくの字に曲げました。

鶴太郎

誰もいない……。

ぽつんとつぶやきました。
でも、返事をしてくれる人はいません。

鶴太郎

与兵……。

小さく、いつも側にいてくれる人の名前を呼びます。
でも、その気配はありません。

小さな家なのに、なんだか広く感じました。

鶴太郎

……寂しい

誰もいない、山奥の一軒家。

鶴太郎

よく与兵はこんなところに
ずっとひとりでいたな……

鶴太郎

…………。

外の雪が音を吸収してしまうのか、とても静かです。

鶴太郎

早く与兵、
帰ってこないかな……。

そう思いながら、体をゆさゆさ揺すります。

鶴太郎

……。

と、床の上で体を左右に揺すります。
それが動ける限界でした。

がんばってほふく前進をしてみました。
二歩、進んでみます。

鶴太郎

イテっ

怪我した足を、ぶつけてしまいました。

鶴太郎

ふえ……。

とても痛かったようです。

鶴太郎

怪我の治りが遅くなったら、
また「ダメ」って言われる~

動くのをやめました。

鶴太郎

与兵がいれば、
おぶってくれるのに……。

ここに来てからの移動は、常に与兵に背負われています。

鶴太郎

だっこしてほしいけど、
おんぶも好き。

鶴太郎

与兵の背中、あったかいし
いい匂いがするんだよね。

鶴太郎

ごはんは美味しいし……。

鶴太郎

与兵とずっと、
一緒にいられたらいいな……。

鶴太郎

でも……。

鶴太郎

与兵とも……、
ずっと一緒にいられないのかな……。

鶴太郎は、哀しそうな顔をしました。

ころんと向きを変えて、仰向けになります。
古い家の天井が見えました。

鶴太郎

ボクは「ふつう」と違うから……。

両手を天井に向けて広げました。
鶴太郎は、自分の手の甲をじっと見つめます。

鶴太郎

与兵……、
早く帰ってきて……。

という、はぜる音に紛れて、

と、床がきしむ音がしました。
鶴太郎は、喜々として音がする方へ顔を向けます。

鶴太郎

よひょ……

鶴太郎

う?

近くで音が止まります。
そこにいたのは吾助でした。

鶴太郎の顔を、険しい顔で見下ろしています。

吾助

ひとりで何、
にやけてるんだ?

鶴太郎

ん?

吾助

与兵はどこだ?

鶴太郎

さあ?

薪を売りに行ったことは知っていましたが、どこに行ったかなど詳しくは知りません。

吾助

そうか……。

吾助は仰向けに寝ている鶴太郎をじっと見つめます。

鶴太郎は少しだけ体を起こしました。お客様がいるのに寝っ転がっているのは、お行儀が良くありません。

鶴太郎

ボクを襲う?

与兵もいませんし、足を怪我していて逃げることもできません。
しかも「さあ、どうぞ」と言っているような姿です。

吾助

それもいいかもしれないな。

吾助は膝をついて座り、鶴太郎の顎に触れ、自分の方に向かせます。
鶴太郎はにこりともせず、吾助をじーっと見つめました。

近くで見ても、鶴太郎は整った顔をしていました。
どこまでも澄んでいる緑の瞳。陶器のようにすべすべな白い肌。

吾助

これをあいつに「好きになるな」と言う方が難しいか……

とにかく与兵は外見重視で、性格は気にしていないようにさえ見えました。
多少見慣れない風貌でも、美しければやってしまうのでしょう。

吾助

こんなガキに手を出すとは、ホントにバカなヤツだ

与兵は綺麗な女の人が好きです。
だからまさか、こんな幼女のような男の娘に手を出すとは思っていませんでした。

とにかく鶴太郎は愛らしいです。

鶴太郎

吾助って、Mだよね。

吾助

あ?

鶴太郎

ボクを痛めつけて喜ぶってよりは、
ボクを痛めつけて傷ついた与兵に責められたいって感じする。

吾助

…………。

吾助は険しい顔をさらに険しくしました。

鶴太郎

他人を攻撃するよりも、自分が傷つくのが好きっていうか、それで喜んじゃったりするんじゃない?

吾助

なんでそんなもんを
喜ぶ必要があるんだ?

鶴太郎

「自己犠牲ができる俺様」
に酔っちゃう感じ。

吾助

酔う
わけがない。

鶴太郎

そういう
匂いがする。

吾助

どういう匂いだよ。

鶴太郎

与兵ほどじゃないけど、
まあまあかな?

吾助

はぁ……。

吾助は深いため息をつき、手を放すと囲炉裏の前に座り直しました。
鶴太郎も、

鶴太郎

んしょ、んしょ。

と言って、囲炉裏に当たれる場所に座ります。

鶴太郎

しないの?
もれなく与兵の泣きそうな怒号が付いてくるよ。

鶴太郎

好きでしょ、好きでしょ?
そういうの、好きだよね♪

なぜか、鶴太郎が嬉しそうです。
一瞬、「本当にやってやろうか」と吾助は思いました。

吾助

お前は嫌じゃないわけ?
与兵以外の男とするの。

鶴太郎

あんまり嬉しくないけど、

鶴太郎

それを我慢すれば、与兵が傷ついた顔して抱きしめてくれるかなって。

吾助

…………。

吾助

俺は与兵を傷つけたいなんて
思ってない。

吾助

だからそんな顔
見たくねえよ。

そう言って、吾助は薪をくべました。

鶴太郎

そうなの?

そんな吾助の横顔を見ながら、鶴太郎も少し考えます。

鶴太郎

やっぱりボクも
見たくないかな?

無邪気な笑顔を浮かべて言いました。

吾助

俺は、あいつがガキの頃から
面倒みてやってんだ。

吾助

弱いくせに、口ばっかり大きなこと言って……。俺がいないと何もできないヤツだったんだよ。

吾助は薪を囲炉裏に放り込みます。

吾助

……。

鶴太郎

……。

吾助

俺があいつを傷つけるようなこと
するはずないだろ。

鶴太郎

じゃあ、
なんで与兵の彼女を取ったの?

吾助

みんな、あいつの外見と使い勝手の良さに群がってただけだからだ。

鶴太郎

使い勝手の良さ?

吾助

飯はうまいし、掃除もできる。

鶴太郎

うんうん。

鶴太郎も、それにつられたところが無きにしも非ずです。
与兵の傍にいれば、ゴロゴロしていても大丈夫そうです。

吾助

それに、ちょっと服装を整えれば、皆から羨ましがられる彼氏のできあがりだ。

吾助

あいつの本当にいいところを見ようともせず、俺が軽くちょっかいかけたくらいでぶれる様な女じゃダメだ。

鶴太郎

与兵、女心がわからないから、元カノが不満を持ちだした頃に、「あなたの気持ち、わかってます」的なこと言って、誘惑したんじゃないの?

吾助

女心、
わからないヤツだからな。

鶴太郎

わかってないよね。

鶴太郎

でも、そこがいいんだよ。

鶴太郎

わかってないのに、
心配してくれる感じとか。

吾助

ふっ。

吾助

わかってないくせに、
まっすぐで一所懸命なんだよな。

鶴太郎

うんうん。

なんとなく意思疎通ができたようです。

薪がはぜる音が響きました。

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