適当につまみになりそうなものを冷蔵庫の中から引っ張り出して、蓮さんが座っている席に持っていくと、お腹空いたといわれる。

それは作れということかと思って、台所に行くと、今度は携帯を貸せといわれる。

絢香

やですよ

蓮見蓮

なんだよ、パスワードかけてんのかよ

あたしの携帯をもったまま台所まで来た蓮さんは、野菜を洗っているのあたしを見て、それでも携帯の画面を向けてくる。

絢香

手が濡れてるので無理でーす

蓮見蓮

口頭口頭

絢香

最近物騒なので無理でーす

蓮見蓮

じゃあ勝手に開けるぞ

絢香

はんっ!やれるもんなら!

蓮見蓮

開いたぞ

絢香

嘘でしょ

蓮見蓮

いまだに泰明の誕生日なのはどうかと思う

絢香

ぎゃ、逆にばれないかなって

そのまま携帯を弄っていた蓮さんはおもむろに携帯に耳を当てた。

え?あたしの携帯で勝手にどっかに電話かけてるの?もしかして。

なんてフリーダムな人なの?

蓮見蓮

もしもし、俺俺、絢香の家集合な

絢香

待てーい。誰に電話かけてんすか

蓮見蓮

え?現在1学年2位君

洗っていた大根を盛大に落とした。
ザーザーと水が流れる音だけが部屋に鳴り響く。

確かに、蓮さんと面識があるのは泰明と千裕だけで、確かにその選択も考えられるけど。

タイミング悪すぎないか。いや、いいのか。どっちだ。
流れっ放しになっていた水を蓮さんは当然のように止めた。

蓮見蓮

なんか適当に買ってきてくれるだろうから、軽く一品頼むな

絢香

……うっす

なんか、とってもイラッとしたから、蓮さんの嫌いな辛い食べ物を作ってやろうと、心に決めた。

ご飯を作り終わって少しすると、玄関からベルの音が聞こえた。

そろそろ着いたのかなぁと思って、玄関に行こうとすると、蓮さんが奥に座っていたのに、わざわざ出てくれた。優しいんだか優しくないんだか、どっちだ。

千裕

あ、お久しぶりです

蓮見蓮

久しぶりー

千裕

あの、絢香……

蓮見蓮

なんで絢香がいないのにお前と話すんだよ、気持ちワリー

千裕

なんで俺っていっつもこんな扱いなんだろ……

蓮見蓮

あ?

千裕

なんでもないです。適当に買って来ました。入ってもいいですか

蓮さんは何も言わずに部屋に戻ってきた。
何か言ってあげないよ、千裕困ってんじゃん。

部屋から身を乗り出して、手招きすると、ホッとしたように玄関のカギを閉めて入ってきた。

がさがさと音を立てながらレジの袋を置くと、中から、冷凍のたこやきやら、チキンナゲットやら、いろいろできていた。

お金を払うというと、蓮さんが適当にお金を渡して、ぶっちゃけお釣りが出たので、そっと二人でもらっておいた。

おごりってことにしておこう。
財布の中なんて心配しない。

そもそも突然酒盛りを始めた蓮さんが悪い。うん。蓮さんがいけない。

千裕

だいぶ、出来上がってますね、蓮さん

蓮見蓮

あ?ああ、俺はとってもいい気分だ

千裕

絢香どんだけ飲ませたの?

絢香

腹が立ったから、ほとんど全部飲ませた

千裕

この人帰れねーよ?

絢香

もともと帰る気ないよ、この人。きっと

あたしと千裕が二人で話していると、さみしかったのか、武勇伝を語り始めた。

どうして男の人は、酔っぱらうと武勇伝を離したがるのだろうか。
高校生で飲んでる人なんて、この人しか見たことないから知らなけど。

今度千裕にこっそり飲ませてみようかな。

机をばんばん叩き始めた蓮さんの腕をつかんで止めた。
近所迷惑である。

蓮見蓮

絢香だってなぁ、こんなナリだけど、昔はすごかったんだぜー

手をつかんでいたら思いっきり引き寄せられて、頭をガシガシ撫でくり回される。

ちょっと、痛い。

軽く抵抗していたら、千裕がオロオロとしてるのが見える。

大丈夫大丈夫と口パクで伝えると、今度はちょっと変な顔になった。
……、あれ?これやきもち?
あたしが変な顔ってカウントしてた顔って、やきもちだったの?

気が付いたら無性に恥ずかしくなって、慌てて蓮さんの顎に一撃をぶつける。

蓮見蓮

いって

絢香

女子に、そんなことしてれば当たり前のむくいですー

蓮見蓮

なぁにが女子だよ、千裕、これ見ろよ

千裕

なんですか?

蓮さんがポケットから自分の携帯を出して、千裕にある画像を見せると、千裕が大爆笑した。

そして、一度笑うことをやめて、画面をみて、あたしを見て、再び爆笑した。

絢香

ちょっと!蓮さん!なに見せてんの!?

蓮見蓮

ん?

絢香

これ

こともなげに提示されてた画面をのぞき込んであたしは真っ青になる。

昔のやんちゃだったときに、そう、全力でやんちゃだったときに、とった写真がそこにあった。いわゆる黒歴史。

どうして、やんちゃをしている人は地面とこんなに近くなるんだろう。
どうして、先輩の携帯のカメラに向かって、メンチ切ってるのだろうか。
どうして、マスクしてるんだろう。
どうして、乗れもしないバイクの近くにいるんだろう。
どうして……。

千裕が指さして笑い始めたあたりで、とりあえず一発殴っておいた。

蓮さんのあの写真、いつか抹消してやる。
隙をついて抹消してやる。

絢香

で、もう10時だけど、千裕は泊まってく?

千裕

え?

殴られた部分をさすりながら、千裕は戸惑ったようにこちらを見てくる。

ついでに言うと、蓮さんは限界なのか、すでに船をこき始めている。

 

千裕

俺、泊まってもいいの?

絢香

……、こ、個人情報もれてて、知らない人が来たら怖いし?れ、蓮さんだけ泊めたらまた変な噂流れるかもだし?そ、その、と、泊まりたくなかったら帰ってもいいんだけど……

千裕

あ、ぜ、ぜひ、泊めてください!

絢香

ぜひ泊めてって、なによぉ

千裕が結構必死でいうからあたしはおかしくなってケラケラ笑ってしまった。

その声で若干起きた蓮さんが、這うようにして、あたしのベットに入った。

絢香

……千裕

千裕

うん?

絢香

蓮さんが私のベットに入った時点でね、千裕の寝床はベットなの

千裕

う、うん

絢香

そして、私が床なの

千裕

うん

絢香

……なんかイラッとした

千裕

え、俺どうすればいいの

絢香

こ、この前、追い返しちゃったこと、許してくれたら何も言わずに私は床に寝る

若干の沈黙の後、千裕は笑った。

なんだか今日は千裕の笑い顔たくさん見た気がする。

千裕

許す許す。だから、今日はお願い。床で寝て?

絢香

ば、ばーか。初めからそのつもりだもん

そのあと二人で、食器を片付けて、寝床を作って、電気を消して寝た。

確かに、玄関付近には入れ代わり立ち代わり、人がいるような気配がしたけれど、男性が部屋の中にいて、一人じゃないって思うと、鍵が壊された日以来の深眠りができた。

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