思惑通り、体育の時間ぎりぎりに更衣室に入ると、中には数名しかおらず、しかも遅刻がかかっていたので、結構みんな急いで着替えている。




この人数なら、何もされない。

というか、何かしている時間がないのか結構みんばバタバタと着替えている。



あたしだってバタバタと着替えて体育館へ向かう。



え?荷物?
全部持っていくよ、当たり前だよ。



一人だけ遠征に行く人見たいな荷物の量だよ。

ついでに最近は牧何もされてないらしくて、身軽だった。

早く私もそちら側へ行きたい。切実に。

体育の先生が来て、各自準備運動をするように言った。




そうか、テストだから時間ないのか。

各自準備運動……。

思い出すのはいじめ、もとい、常習的な障害事件が始まってすぐの体育の時間。




各自準備運動の時間に、ストレッチしていたら後ろからぶつかられて、危うく筋が切れるとこだった。




とても怖かった。




ことを思い出して、そうだなぁとなるべく端っこに移動して圧をかける場所が壁側に来るようにして自分を守る。




そう、自分を守るのは自分だけ。




牧はちょっと離れたところにいて、ストレッチを始める。

そう、牧は牧で自衛のため。

巻き込まれないように。




って、なんでたかだか体育の時間でここまでしなきゃいけないのだろう。




はぁ、学校生活が楽しくなさ過ぎて困る。

視線を先生の方へ何気なく移せば、バチリと目があった。

軽く会釈をすると、先生は申し訳なさそうに首をすくめた。





あたしそれを見て、とりあえず大丈夫の笑顔を向けておいた。

気が付いてないわけじゃない。

あたしにちょっかいだそうとする生徒にバレーコートの設営を言いつけたこと。




ちゃんと気が付いてる。

先生も、先生なりに気を使ってくれている。

大丈夫、あたしは、それなりに大丈夫。




クラスほぼ全員敵だけど、友達はいるし、先生も何気に気を使ってくれるし、そう、大丈夫。

大丈夫なんだよ。




と、勢いよくボールが飛んで来た。

絢香

いった!

ボールが飛んで来た方向と見ると、翠ちゃんが首をかしげていた。

遠目から見たら、困惑っぽいポーズだけど、顔が笑ってる。

……わざと当てたな、あいつ。

ごめーん!
あたしコントロール悪いんだ!

悠美

だめだよぉ!人に当てちゃっ!
今、絢香ちゃんストレッチ中だったよぉ!
危ないよぉ?

紫穂

大丈夫よ、悠美。
絢香ちゃん運動神経いいみたいだからほんとに危なかったらよけるって

そうだよぉ。
それにぃ、みんながみんなぁ、コントロール悪いわけじゃないしぃ?

牧が慌てて走ってこようとするけど、近づかないでと小声で言う。

悔しそうに少し距離をとった牧を見て、悠美を見れば、小さく謝ったのが分かった。

絢香

ちょっと!
危ないでしょ!

だから謝ってんじゃん!

絢香

あたし、一番でテスト受けるんだから、邪魔しないで

ちっ、テスト受けるなら邪魔できねーな

今日テストでよかった。




うちの高校は生徒の交友関係というか、序列関係には不可侵だけど、だからこそというか、テストの公平性だけは気を使っている。

仕組まれた、カンニングとかなら別だけど、体育のテストみたいに誰が見ても邪魔されたことが分かる場所では何もされない。

さすがに先生も怒るし、こんな世界だからこそ、テストは不可侵の領域だ。……今までは。

いつその不可侵が犯されるかは定かではないけど、今回は大丈夫だったらしい。




あたしは、さっさと一番目のテストを受けて、みんなが終わるのを待つ。

待機場所は、先生の隣だ。

いくらなんでも、先生の隣に向かってボールを打つバカはいない。



今日は安全安全、なんて思っていたけれど、残り15分で状況は一変した。




全員のテストが終わってしまったのだ。

先生は再び申し訳なさそうに、残り時間は自由。

といって、体育館から出ていった。

 

せめて、いてくれればいいのに

絢香

……それはそれで先生的にも肩入れし過ぎになっちゃうじゃない?

はぁ、男子呼んでこようか?

絢香

いいよ、入って来づらいだろうし

でも、これ、保健室コースだよ?

絢香

翠ちゃんがノリノリだもんね

やっぱ男子呼んでくるよ

絢香

大丈夫大丈夫、打撲なら大丈夫

感覚麻痺してない!?
大丈夫じゃないよ!?

絢香

あ、そろそろ危険だから牧は荷物番してて

それくらいするけどさ

絢香

危なくなったら荷物は犠牲にして

……あたし、メロス好きだから大丈夫

絢香

それって、逆じゃない?

といったところで、スピードの速いボールが足元に飛んで来た。

ちっ、外した

紫穂

翠ったらへたねー

球技ならぁ、紫穂の方がぁ、うまいもんねぇ?

悠美

ちょ、ちょっとやめなよ、みんなぁ

うるさい声に視線を向ければ、なぜか結構な数の女子がボールを手にしていた。

絢香

牧ちゃーん

大丈夫、今すぐここから離れる

絢香

ありがと

なぜ女子がこうもやる気なのかはわからないけど、女子の半数が、むちゃくちゃに投げたボールは、あたしの体にたくさんあたった。

途中、ボールが当たって地面にこけてからは、蹲ったから背中がめちゃくちゃ痛い。

痛いし、みんなすごいの、顔は絶対に当てないの。

なんだ、そのコントロールの良さ。

悠美

みんな!やめてよ!
絢香ちゃん、死んじゃうよぉ!

死なねーよ、悲しいことに。

チャイムが鳴る少し前に、悠美が目の前に立ってかばってくれた。

勢いが止まらなかったボールが1発悠美にあたって、周りはシンと静まり返った。

悠美

翠も紫穂もやり過ぎだよぉ

悠美

ゆ、悠美はぁ、絢香ちゃんにこんなことしたいわけじゃないんだよぉ……

泣き崩れる悠美に駆け寄る取り巻き3人。

 

絢香

えー、何この茶番

どんびいていると、悠美がこちらを振り返り手を差し伸べる。

悠美

絢香ちゃん、仲直りしよぉ?

絢香

いや

悠美

え?

絢香

仲直りする理由がないわ

悠美

な、なんでぇ?

絢香

あたしは、悠美と仲たがいした記憶はないもの

悠美

絢香

だから、あたしにとって悠美は高校で初めて声をかけてくれたやさしい友達だよ

悠美

……

体育館が静まり返った時にチャイムが鳴った。

悠美が一瞬、悲しい顔をしたけど、あたしはそれを無視して一人で立ち上がった。

牧の方を見ると、顔が真っ青になっていて、保健室へ連行された。
牧の泣き顔はあんまり見たくないなぁと思った保健室だった。

あ、そのあと駆け込んできた男性陣にこっぴどく叱られたのはまた別の話。

30時間目:日常は穴だらけ(2)

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