トイレ事件から数日。

精神攻撃はとどまるところを知らない。
 
もう、千裕君パワーではどうにもならないくらい、あたしの心は荒んでいた。
 
大型台風レベルで。




 
毎日毎日あてつけのように、泰明は悠美のもとへやってきた。
 
あの日から、序列落ちした日から、毎日だ。
 
みんなにアピールしている。

それだけはわかった。

 


何がそんなに彼を駆り立てるのかわからないけど、それでも、あたしに対する怒りだとか悪意だとかは感じられた。

 
彼のその行為は、あたしの心を確かにえぐっていった。
 
日々の誹謗中傷、暴力、荒れていく心。
 
思っていたよりもずっとずっと、ここに立ち続けるのはつらかった。

千裕

何見てんだ?

絢香

牧歌的な教室の風景

誹謗中傷の中、机に座り続け、彼らを盗み見ていると千裕が話しかけてくれた。
 
確かに、泰明パワーには押されているけれど、千裕君パワーもありがたい。

 


最近では、神様か何かと思ってる。
 
少数だけど見方がいるって素敵よね。
 
ぶっちゃけそう思ってないとやっていけない。
 
本気で、マジで、切実に。

千裕

ふーん

興味なさそうにそちらを見て、なんだったら昼休みどっか別のところで過ごすかと聞かれるけれど、そうなると荷物の移動がつらい。

拓也

こんな状況でそんなこと言ってられる絢香って、ある意味大物

確かに大物だねー

絢香

……みんなが居辛いなら場所移しますが、何か

絢香ちゃん、荒れてるねぇ

千裕

牧、こいつここだけの話、めちゃくちゃネコかぶってるからね、普段

というか、反射的に模範生徒になるよね、絢香ってー

絢香

だって、私、根が真面目なんだもの

拓也

実際、僕、絢香がグレてるの見たことあるけど

絢香

は!?

拓也

別人レベルだったなぁ

絢香

な、見られたの?
何見てたのぉ!?

田島君

松崎さん、うるさい

絢香

あ、ごめん

田島君に遠くからたしなめられ、静かにする。
 
田島君はありがたいことに、それとなくあたしを助けてくれる。

助っ人みたいなポジションについていた。

こんな感じで変にみんなの注目を集めちゃう時にしれっと怒ってくれる。

ありがたい。

 


と、予鈴が鳴る。
 
バラバラとみんなが席に戻っていくなか、拓也に声をかけられた。

拓也

そうだ、絢香

拓也

今日一緒に帰れる?

絢香

うん

拓也

参考書選ぶの手伝って

絢香

わかった

拓也

じゃ、放課後予定入れないでね

絢香

うん

それだけ約束すると、拓也は席についた。
 
拓也の参考書選び、どれがいいのかと考えながら、あたしは授業を受けた。

放課後、拓也と一緒に教室を出た。
 
拓也が隣にいると、悪意のある視線は少しだけ減る。

 
さすがは高位だなぁ、なんて思っていると、靴箱を出たあたりで、突然手を握られた。

絢香

うわぁ、何さ

拓也

ちょっと、走るよ

絢香

はぁ?

拓也

僕、強くないから、あんな男の人たちと喧嘩できない

後ろを見れば、屈強そうな男子がいるけれど。

まさか走って逃げるのだろうか。

絢香

逃げるの?

拓也

うん。
行き先は絢香の家でいい?

絢香

途中でちゃんとまいてよ?

拓也

うん

そういって走りだした。
 
振り返りはしなかったけれど、後ろからものすごい足音が聞こえてきた。
 
確かにこれだと負けるし、痛いそうだ。

 

拓也に引っ張られるようにして走っている。
 
不謹慎かもしれないけれど、体を動かしている感覚が楽しかった。
 
本当に怖いけれど、鬼ごっこみたい。

拓也

絢香、なに笑ってんの

絢香

ちょっと、鬼ごっこみたいで楽しいなって

拓也

大物通り越して、それは馬鹿だよ

絢香

だって、最近楽しいことないし

拓也

ほんとバカ

追いかけてくる人をまいて家まで帰ってくると、拓也は帰ろうとする。

絢香

あれ?
上がってかないの?

拓也

……何が悲しくてややこしい恋愛関係に足を踏み入れなきゃいけないの?

絢香

拓也

わからないならいいよ、鈍感

絢香

……鈍感?

拓也

ま、いいや。
じゃあ、上がってくるよ。
勉強教えて

絢香

勉強ならまかせて

玄関を通り抜けると、自分ちのようにくつろぎ始める拓也に、大物はどっちよ、と思いつつ、コップにお茶を入れる。
 
リビングに持っていくと、勉強道具を広げた拓也が待っていた。
 

お茶を置き、向かい側に座ると先に宿題をやろうといわれる。
 
確かに、それがいいや。
 
それから拓也が帰るまで怒涛の勉強ラッシュだった。
 
別に嫌じゃないけど、拓也ってば、どんだけ先の勉強してんの。
 
やばい、これ、中間負けるかもしれない。
 
 

拓也が今年、勉強に力入れるっていっていた本気具合が分かった。
 
ついでに、すごい申し訳なかった。
 
 


こんなゴタゴタに巻き込んでしまって、それでも、そばにいてくれて。時間が過ぎるのは早くて、もう21時だった。

拓也は時計を見ると荷物をまとめて玄関まで移動した。

拓也

じゃあ、僕帰るけど

絢香

うん

拓也

戸締りしっかりね

絢香

はい

拓也

知らない人が来たらドア開けないでね

絢香

うん

拓也

あ、あと、寝る時はあったかくするんだよ

絢香

……わかったよ、ママ

拓也

生んだ覚えはないけどね

そういって、ドアを閉める。
 
拓也と一緒にいて心が安らいだ。

 


よかった、最近いじめ的な何かがひどいから心が腐ってたんだよね。
 
千裕なんかは、ふんわり気持ち知ってる分、頼りずらいし、匠は馬鹿だし、牧は女の子だし。

拓也のやさしい気遣いがありがたい。
 

……参考書買えなかったし、今度あたしが使ってる参考書貸そう。

 


そう思って、カギをかけると足音が遠のいた。
 
カギ閉めるところまで確認してくれた。
 
それだけで心があったかくなって、明日も学校に行く気力がわいてきた。

29時間目:固くなる心

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