最近あたしは、学校のロッカーを使わなくなった。
 
移動教室の時は荷物を全部持っていく。
 
靴箱も使えなくなったから、毎日靴を持って上がって荷物を移動させる。


 
基本、休み時間はトイレに行きたくても我慢する。

そして、授業中にトイレに行く。

恥ずかしい気持ちもあるけど、休み時間に行こうとすると荷物を全部持っていかなくてはいけない。面倒だった。
 
でも、友達が教室にいてくれる時は別だ。
 
机のそばで荷物の番をしていてくれるから。

 

友達とは素晴らしい。
 
そう思って、個室に入った瞬間だった。



突然、頭の上から水が降ってきた。
 
それも、少し、いや、相当汚い水が。

 
ちょっと、待て、これはさすがに……。
 

何かがドアにたたきつけられる音がした。

大方バケツかなにかだろう。

けたたましい音が響き渡った。

絢香ー。頭冷えたかぁ?

紫穂

ざまぁ

やだぁ、声も出ないほどぉ、ショック受けた感じぃ?

 取り巻き3人組の声が聞こえる。
 ……ぶっ殺すぞ。

絢香

やってくれるじゃない

 一言くれてやると、大声で笑われる。

いいきみー

紫穂

残念ねー、男侍らせてるけど、男子はいれないからー

牧はぁ、巻き込みたくぅ、ないんだよねぇ?

一人一発づつ、計3回トイレのドアを蹴って3人はいなくなった。

 
なんなのそれ、ローテーションでも組んでの?
 
バカバカしい。

絢香

冗談抜きで殺してやりたい

トイレでびしょびしょにされる。
 
それも汚い水で。
 


 
髪の毛に、汚れが付いた。
 
この水の中の細菌ってどれくらいなんだろう。




 
ああ、それよりも寒いな。




 
授業始まって戻らなかったら、みんな心配するかなぁ。
 
悔しい。

 


どれだけ口で大きなこといっても、どれだけ平気なふりをしても悔しい。つらい。こんな屈辱ってない。

 

そもそも、

絢香

なんでこんなことになってのよ

考えても考えても、誰が悪いのかわからない。




だって、これは本来あたしと、悠美と、泰明の3人だけの問題なのに。

ただでさえあたしは好きな人にいつの間にか振られて、いつもまにか不正疑惑がかかって、いつの間にかこんな身分になってるけど。

 


別に、下位序列っていじめられる序列じゃない。
 
序列の世界なんだ。
 
1番がいれば最下位もいる。
 
本来はそれだけのはずだ。





 
なのに、なんであたしだけいじめられなきゃいけないの。


 
始業のチャイムが鳴った。
 
さぁ、どうやってここから出よう。
 
とりあえず、制服絞らなくては。
 
廊下を汚してしまう。
 
絞っていると、制服がどんどん汚れていく。

絢香

くっそ、本気で殺したい

どろどろと黒い感情が吹き出てくる。

 
どうして、どうしてあたしがこんなことされなきゃいけないのよ。
あんたたち関係ないじゃない。
なんでこんな……。
何も知らないくせに。

 


あんたたちの誰よりも知能で優れてて、ルックスだって、運動能力だって上で、誰よりも努力してる。

なのになんで。

どうして。

ほんとに意味わかんない。

 


携帯がポケットの中で震えた。
 
どうやら水にやられていなかったらしい。奇跡だ。
 
濡れないように慎重にとりだすと、千裕からだった。

個室の中で画面がひかる。

絢香

……どこって、あんたの入れない場所

ただの八つ当たりだった。甘えだった。

心配するメールに対してそっけない返信。

だってあたし、今それどこじゃない。

 


この真っ黒い感情をどうにか整理しなくちゃ。
 
あたしの望むあたしじゃいられない。

 


でも、どうしても許せない。
 
許したくない。嫌い。大っ嫌い。こんなひどいことするやつ。いや、あたしが朝煽ったのもあるけど。
 
 

というか、百歩譲って悠美にいじめられるならまだいい。

わかる。

だって、元カノ目ざわりでしょ。

わかる。ほんと、これは理解してる。



でも、取り巻き3人はもうあれ、ただのストレス発散じゃない。


悔しい。

こんなことされてる自分が恥ずかしいし、悔しい。

なんだこの感情は、整理が付かない。

こんな気持ち今までなかった。

絢香

もうやだ、死んじゃいたい

千裕

まあ、そういうなって

誰にも拾われないと思って声に出した小さな弱音をドアの向こうで拾ってくれる人がいた。

千裕

俺、なんもできないけど、そばにいてやるからさ

絢香

……千裕

千裕

なに?

絢香

帰って

千裕

やだよ

絢香

あたし、今すごい泣きそうなの。
見られたくないの。
やさしくされたくないの

千裕

知ってる

絢香

帰れ

千裕

帰んねーよ。泰明の前みたいになってるお前なんて、ほっとけねーよ

絢香

……私いま、自分のことで手いっぱいだから帰ってくれる?

千裕

まあ、別に顔見てるわけじゃないからいいたいこと言えば?

絢香

……嫌な女になるからやだ

千裕

そっか

なかなか出ていく気配のない千裕に、しびれを切らして扉を開けると、ホッとしたような顔と出くわした。

絢香

この格好を見てホッとしてんじゃないわよ

千裕

いや、怪我がなくてよかった

絢香

心は大怪我

千裕

うまいこと返してくんなよ

心が弱っていたあたしはちょっと、最低なことを考えてしまった。

絢香

ねえ、千裕

千裕

ん?

絢香

ちょっと、すごい最低で、ずるい頼み事していい?

千裕

なに?

絢香

10秒だけハグして

千裕

お安い御用

千裕はすぐに抱きしめてくれた。
 
あたし、こんなに汚いのに。

千裕

大丈夫だよ、絢香、絶対もとに戻れる

絢香

……うん

なだめるように背中をさすられていると、あの黒い感情もなくなっていく。
 
10秒経つと、千裕はゆっくりと手を離した。

千裕

保健室行くか

絢香

うん。ごめんね、千裕まで汚れちゃった

千裕

気にすんな

絢香

……ありがと

顔を上げると自然に笑顔になれた。それを確認すると彼はあたしの手を取って歩き出した。

28時間目:許したくない気持ち

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