このスラム街はいつも死臭で溢れている。
 誰かの人生が終わっても、誰も気にしない。





 ここに暮らす誰もが、明日は我が身。








 所詮、この世は弱肉強食。
 たとえ人間でも弱者であれば、動物たちの餌となる。

弱かったなぁ

 このスラム街は毎日のように住人が増える。
 住人が増えすぎないように、狩人たちは弱者を狩る。
 白猫は狩人だった。








 このスラムの住人となれば、人間だとか動物だとか、そんな些細なことは関係なかった。



 このスラム街に足を踏み入れた人間は、もう人間とは呼ばれない。
 動物も、動物ではなくなる。

 

ーー住人と言う名の『異物』になる。

 強者は慕われる。
 最初の頃は、みんな白猫の周りに集まった。

 強者の側は安心だから。

 だけど、人の心は移ろい易い。

 やがて白猫に殺されるのではないだろうかと恐怖心を抱くようになる。


 ………自然に離れていく。
 
 

 できるだけ、関わらないように。

 強者はそうだ。
 いつも、最後には孤独になる。

 強者の友人は、強者しかいなかった。
 その強者も信じられない。
 友人と呼ばれる、ただの敵だ。
 強者同士は互いを疑いながら接していた。

 そんな関係は……

 キモチワルイ

おう、白猫くん。ずいぶん、狩ったんじゃないか。口元が真っ赤だぜ

これは、ケチャップだよ!

 スラムの住人となれば、人間も動物も同じ言葉で交わすことができる。
 これが、『不思議なこと』だなんて、彼らは思わなかった。
 いつから、思わなくなったのだろう。

 もう、覚えていないな。

ケチャップ?

ああ、迷い込んで来た人間からオムレツを貰った

迷い込んで来た人間?

偶然迷い込んだみたいだから………外に送ったよ。あんたみたいな変態に見つかったら危ないだろ

変態って失礼だな

 この男は厄介だ。自分も危険な猫だが、この人間は狂いすぎている。
 迷い込んで来た者、スラムの住人でもない者たちを殺しているからだ。意図的におびき寄せて、殺す。ほんと、厄介な奴だ。
 狩人は余計な住人を減らすのが仕事なのに。
 彼は無駄な死体を増やしてばかりだ。

あら、白猫くん

え?

 場違いな澄んだ声に振り返る。

みぃつけた

 少女が微笑んでいた。少女の笑みと対照的に、白猫の顔は青ざめた。

おや、迷子かなぁ

 男がニタニタと笑う。
 この顏は危険。
 この男は確実に少女を殺すだろう。

ね、おじさんも食べてみる?

 だけど少女は微笑んでオムレツを男に差し出す。

 思えば不気味だった。
 なぜ、オムレツを持ち歩いているのだろう。
 そんなことも、疑問に思わなかった。
 それだけ住人は狂っていたのかもしれない。

おじさんは、お嬢ちゃんが食べたいな

ものには順番があるのよ

仕方ないな、君のオムレツを食べるから。お嬢ちゃんを食べてもいいかな?

もしも、全部食べられたらね

そうか、じゃぁ

 男は疑うこともなく、オムレツを頬張る。
 少女の笑みが歪んだことなんて、男は気づかなかった。

………ッア?

 一口で、十分だった。

え?

…………

 男の顔が青くなる。
 対照的に、少女が満面の笑みを浮かべた。


 バタンっと音を立てて、言葉を発することもなく、男は倒れた。
 動かない。
 もう、この男は動くことは無いだろう。

実験、成功だよ

 少女が飛び跳ねてガッツポーズ。

ああ、この毒は動物には効かないけど、人間には一瞬だった。すごい、すごい

 パチパチと少女は手を叩く。

な、何を?

自由研究なの。毒薬について調べていたのよ

それで、人が死んだのに……なんとも思わないのかい

えー、スラムって死ぬのを待っている人たちの街でしょ。何と思うか? ああ、良いことをしたなって思うよ、望みどおりに死なせてあげられるしね

死ぬのを待っている? ふざけるな

…………へ

 気づいたときには、
 少女の喉に噛みついていた。
 この怒りは、これでは終わらなかった。
 これが始まりだった。

24 Hunter ~狩人 1 (白猫の話)

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