フラフラと、いつもの薔薇園に戻り、彼がよく座っていたベンチに腰を下ろす。
 昨日のままだった、彼の読みかけの本が置かれたまま。ふと、それを手にしてページを開く。

シュバルツ

楽しい家族計画………って……なんて本を読んでいるんだ

 思わず苦笑する。
 彼なりに思い悩んでいたのだろう。 こんな本を読んでいるのかよ ってからかいたかった。そうしていれば良かった。
 もう、からかえない。

シュバルツ

これが、おれとヴァイスの話だ

ヴァイス

……

 話し終えてから、白猫ヴァイスの顔色を窺う。彼の表情に変化はなかった。失望しただろうか。

シュバルツ

お前は兄貴の姿をしているが兄貴ではない

ヴァイス

君が望むなら、ボクは君の兄のヴァイスになりきる。

シュバルツ

え?

 意外な言葉に目を見張る。

ヴァイス

ボクがヴァイスになるよ

 そんな屈託のない笑みが返ってくるとは思わなかった。

シュバルツ

おれ、どうしてだか色々忘れていたみたいだ。自分の犯したこととか、お前のこととか、色々。それを思い出したんだよ。

ヴァイス

え?

シュバルツ

兄貴を喪ったことから立ち直れなかった。双子の半分、身体の半分がなくなったんだ。

ヴァイス

……

シュバルツ

だから、動物たちを兄貴の代わりにしようって思って飼ってみた.けど、ダメだった。何がダメかって?

ヴァイス

ボクは猫で、彼は人間だから?

シュバルツ

それも、だけど。完璧な兄貴のようにしようって、綺麗に手入れしてやったんだ。そうしたら、親父にとられて……みんな剥製にされてしまったんだ。得るたびに、何度も何度も喪ってしまった。今までの【ヴァイス】はみんな死んでしまった

ヴァイス

……………

シュバルツ

だから、お前は小汚い猫のままにした。もう喪いたくない、友達だからな

ヴァイス

それじゃあ、ここで一緒に暮らそうよ

シュバルツ

ここじゃダメだ

ヴァイス

どうして

シュバルツ

こんな籠の中にいたのでは、何も変わらない。

ヴァイス

変わらなくて良いじゃないか?

シュバルツ

ごめん、おれは変わりたいんだよ。思い出した。いや、今、思った。お前と数日間この籠の中で過ごして思ったんだ。おれは兄貴と出来なかったことをお前とやりたい。一緒に色んな場所に行きたい。一緒に行こう。

ヴァイス

………

シュバルツ

それに、記憶が戻ったからわかったことだけどさ、こんな場所にはいたくないんだ

 シュバルツはニヤリと笑う。吹っ切れたわけではない。だけど、何もしないのは嫌だから……渡されていた鉈を握りしめ、虫を潰す。

≪お前の所為で≫

シュバルツ

そうだよ、おれの所為だよ。おれの所為でヴァイスは死んだ。だからって、こんな場所にはいたくないさ

 ふと見上げると光に包まれた人影が見えた。
 思わず、目を見張る。

お前の所為じゃない。これは二人の罪だ。僕たちは双子だよ。いつも半分にして分かち合って来たよね。罪も半分、痛みも半分

シュバルツ

一人で背負うなよ。半分は持っていくから……………

シュバルツ

………

ほら、軽くなっただろ?

あの余裕の笑みが見えた気がする。

シュバルツ

………そうだな……兄貴



 ふと、視界が変わる

メル

…………

 目の前で、メルが嗤っていた。
 いつの間にか、薔薇園からギルドの部屋に移動していたらしい。
 側にヴァイスはいない。シュバルツとメルで向き合っている。彼女は嘲笑うでもなく、優しく微笑むわけでもない。ただ、笑顔を浮かべている。

メル

おや?憑きものが落ちたようですね。

シュバルツ

そういえば、軽くなった気がする

メル

貴方が背負っていたものは、ご自身の罪悪感。ただ、それだけでした。それだけで、ずいぶん憑かれていましたね。

 

シュバルツ

悪かったな

メル

今の貴方なら、ココより先はどうしますか?

シュバルツ

おれは……

メル

おっと、その質問は早かったみたいですね

 

 パンっという音が鳴った。

 また、薔薇園に場所が移動したらしい。

 視線を動かすと、ヴァイスがジッとこちらを見ている。

ヴァイス

君はボクを捨てないのか?

シュバルツ

当然だろって。拾ったのはおれなんだ。責任もって面倒見てやるよ。

ヴァイス

………そうだった。君がそう言ってくれたからボクは君の後を着いて行ったのだよね。

シュバルツ

ヴァイスはおれの兄貴だ。悔しいけど、それは認めてやるよ。でも、お前は……猫のヴァイスはおれの弟だ!

ヴァイス

シュバルツ………

シュバルツ

何?

 ヴァイスは鉈を握りしめると、薔薇の前に立つ。
 目の前の虫を勢いよく潰すと、光のない目をこちらに向けた。

ボクの罪の告白を聞いてくれるかな

23 Gemini~双子3 (黒猫の話)

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