おし、逃げるぞ

 男の後ろについて大翔は走り出す。途中いくつかのシャッターを上げようとしてみるが、どれも固く閉ざされていて持ち上がらない。

大翔

あ、あれ!

 通路の脇、店と店との間の小さな隙間に非常口のライトが灯っているのを見つけて、大翔は声を上げた。

よし、開いとるな

 少しだけ開いた扉の端を掴んでヤンキー男が乱暴に扉を開く。

なんじゃ、こりゃ

大翔

階段の、部屋?

 扉を開けた先にあったのはアルミの非常階段。それだけなら何もおかしいことはない。ここは三階なのだから。しかし、十数段先にある踊り場から伸びるのはさらに下りの階段が三つ。部屋の奥を見渡せば無数の階段、はしご、エスカレーターが組み合わせられている。

大翔

ゲームのダンジョンみたいだ

そんな感想はいらんから、足を動かせ

 階段を駆け降りるヤンキー男の背を追って大翔はアルミの階段を踏みつけた。

 何段上ったか、何段降りたかなどもう思い返すことも出来ないほど繰り返し、二人はようやく出口と思われる扉に辿り着く。

大翔

開いてくれよ

 大翔が願った通りドアノブがくるりと回ると、二人を引き入れるように扉が開く。

おいおい、マジか

大翔

これが出口、なわけないよな?

 目の前に広がるのはショッピングモールによくあるフードコート。だがその内装は先ほどまでの階段の部屋と同じくめちゃくちゃだ。
テーブルは上に観葉植物や椅子が置かれているし、カウンターの奥に客席が見えるところもある。調理に使うと思われるフライヤーが客席の中に置かれているのも奇妙だ。

 知っているものとよく似ているのに明らかに違う空間。それを見ていると大翔はだんだんと頭が痛くなってくるように感じてしまう。

何か来おるな

 溜息混じりにヤンキー男が疲れたように呟いた。

大翔

奴か?

わからん。が、道を探している余裕はなさそうじゃな

大翔

あの物陰に隠れよう

 受け渡しカウンターが乱雑に構えられた一帯を指差して大翔が言う。ヤンキー男は黙って頷いた。

来た

 物陰に隠れて様子を窺おうと、大翔が隙間から顔を覗かせる。階段の部屋に続く扉からゆっくりとした動きであの怪物が入ってきた。消火器で思い切り殴られたはずなのに黒ずんだ肌には傷らしいものは見えない。ただ、まだおぼつかない足取りにさっきと同じ奴だろう、と大翔はすぐに頭を隠す。

大翔

とりあえず気付いてないみたいだ

あいつが何を見てワシらを見つけとるんかわからん。とにかく動くな、音立てるな。あの潰れた目じゃ、まともには見えとらんじゃろうけどな

 物陰に隠れてしまえば、もうあの怪物の姿を探ることは出来ない。

 どこにいる? もう出て行ってしまったか、それともこちらに近づいてきているのか。

 失敗した、と大翔はもう一度隙間を覗こうと首をひねるが、隣で睨みをきかせるヤンキー男に逆らえる気はしない。

 固い床を何かが叩く音が少しずつ近付いてくる。足の爪が床に当たって鳴っているのだ、と大翔が気付いたのと怪物がカウンターを越えて横に出現したのは同時だった。

大翔

 驚きの声が漏れそうになるのを口を固く結んでのどの奥に押し込める。隣で息を潜めるヤンキー男の言っていた通り、突き出た額に遮られてよく目が見えないようで頭をしきりに動かしているが、大翔の姿を見つけることはできないらしい。

 小さく開けた口から出入りする酸素すら妬ましい。鋭敏になった全身の感覚が体中が痒いと訴えている。

 爪の音が止まる。スポットライトのように一つだけ煌々とついた蛍光灯の光を反射して、赤い瞳が大翔の瞳と合わさった。

大翔

 叫び声はそこで止まった。その代わりに跳ね上がった体がカウンターにぶつかって、上に乗っていたガラスのコップを大翔の横に落とす。

 高い音を立ててガラスが砕け散る。

 赤い瞳が迫ってくる。

 もう一度襲いかかってきた怪物の姿が歪み、渦のように天地がひっくり返って、大翔は目を覚ました。

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