クリスマスライブ、衣装が仕上がったという報せを受け、事務所にアイドルたちが集まった。

つかさ

ああ、なんて可愛らしい、さん、さんたくろーす……? こんな素敵な衣装を着られるなんて……!

ライブに来てくれたファンの人たちに、最高のプレゼントができたらいいな

八葉

唯師匠からのプレゼント、ふわぁ……!

ひかり

あーもう、かわいすぎるぅー! かえちゃん、今すぐ着よ? さぁさぁ、着よっか?

もったいないくらいすてきですから、とうじつのおたのしみです

ひかり

あーはやくイブにならないかな!? 楽しみすぎるよー!

空子

みんな少しずつデザインが違うんですね。千乃ちゃん、すごいです!

千乃

えへへ、空子さんありがと。もっともーっと褒めてくれていいんだよ? 千乃はただただ幸せになりたいのです。

業者に対して、衣装のデザインまでもアイデア出ししてくれた千乃を、みんなが口々に褒める。

まんざらでもない笑顔の千乃は、相変わらずコタツの住人だ。彼女はいつも極端にマイペースなだけで、人一倍のやる気は持っている。

みんなは、自分の体に衣装を当てたりと騒ぎだし、事務所は一気に賑やかになった。今回は久々のリアルライブということで喜びもひとしおだ。

留奈

……

そんな華やいだ空気の中で、留奈だけが浮かない顔をしている。

留奈

羽田、相変わらずデザインのセンスは良いわね

留奈

でも、いくらものを作るセンスが良くったって、羽田はデザイナーじゃなくてアイドル

留奈

……どんな時でもアイドルとしてのプロ意識は必要なの。留奈たちは、いつまでも『ただの女の子』じゃいられない。
…分かってるわね?

きつい発破のかけ方だった。

留奈の、衣装を持つ手が震えている。

僕は知っている。さっき、手渡された自分用の衣装を見た留奈の目が、他の誰よりも輝いていたことを。

けれど、千乃は。

千乃

……分かんない


拗ねた顔でそんなふうに言って、コタツの中にすっかり潜り込んでしまった。

千乃

千乃はね、楽しいことをしたいんだ…

コタツの中から小さな声が聞こえる。

華やかだった事務所の空気が、あっという間に重くなってしまった。

空子が留奈に声をかけようとしたが、留奈が唇をぎゅっと噛んで泣きそうな顔をしているので、どう声をかけてよいのか分からないようだ。

ミユ

……なー、プロデューサー


ふと、つんつんと袖を引かれた。

いつの間にか僕のとなりにいたミユが、小さな声で言う。

ミユ

こーゆうのは、ちょっとアカン気がするな?

プロデューサー

ああ、そうだね。良くないね……


答えると、僕を見上げるミユが、にっこりと笑った。

ミユ

せやったら、自分、ちょっとなんかするー

* * *


* * *


――翌日。

ミユ

あ、留奈さーん

留奈

な、なによ、呼び出したりして。珍しい

ミユ

まーまー。たまには息抜きも悪くないやろ? 留奈さん、いっつもがんばってるから

ミユ

うれしいなー。楽しいなー。今日は留奈さんとらぶらぶデートやー

留奈

ちょっ、おかしなこと言わないで! そんな、ら、らぶらぶとかっ……


呼び出された留奈があきらめたようにため息をついても、ミユは相変わらずニコニコしている。

寒空の下を二人で歩いて、ふと足を止めた、その場所は。

留奈

……そ、それで?

留奈

留奈をわざわざ呼び出したのは、これを、見せるためなのかしら?

ミユ

んー? うん、せやで?


固い声を出す留奈のとなりで、ミユは全く悪びれずに言った。

二人の視線の先には、千乃の背中と、その隣でゆっくりと歩く大きな犬の姿。

ミユ

あのわんちゃん、雷神っていう名前なんやって

留奈

な、なんだかすごくいかつい名前ね……

ミユ

千乃ちゃんが、三歳の頃から一緒にいるんやって

留奈

……それは、けっこうなお年のわんちゃんね……

ミユ

わんちゃん

留奈

な、何よ! 柚木がそう言ったんじゃない! うつっただけよ!


何となくひそめた小さな声で言葉を交わす二人の先で、千乃と雷神はゆっくりと歩いていく。

しっかり着込んだ千乃の後姿は、やっぱりもこもこの雪だるまのようだった。

留奈

もう、あの子ったらまたあんなみっともない格好して

留奈

あんなに着ぶくれてたら、羽田の可愛さが台無しじゃない……


留奈の呟きに、ミユは目を細めて微笑む。

ミユ

なー、留奈さん

留奈

……なによ

ミユ

雷神ちゃんな、雪が好きなんやって。飼い主と正反対やな

ミユ

雷神ちゃんが雪が大好きやから、雪が降るの一緒に待ってるんや

ミユ

寒いの苦手な千乃ちゃんが、あんなにもこもこになっても、自分で散歩に連れてって

留奈

……


寒風の中でたたずむ二人の前を、一人と一匹が、少しずつ遠ざかっていく。

年老いた犬の足取りに合わせて、ゆっくり、ゆっくりと。

ミユ

たぶんやけどな

ミユ

千乃ちゃん、ずっと雷神のこと心配しとるんやと思う。先にいってもうたら…なんてな。せやから、ずっと上の空になってる。笑顔にもなれへん

留奈

……。そう。それで?


留奈の声は、やはり固い。

留奈

飼い犬の元気がなくて、それで自分まで元気なくしてるようじゃ、やっぱりプロとしては失格だわ

留奈

留奈たちは、プロのアイドルになったのよ


まるで自分に言い聞かせるように吐き捨て、留奈はくるりと踵を返す。

ミユ

ほんまな、強情やもんな、留奈さんも千乃ちゃんも

ミユ

きっと、2人とも似たもの同士やねん。せやから、何すればえーかは、留奈さんなら分かるかなーおもて

ミユ

心配やもんな

留奈

……っ


ミユの呼びかけにも答えずに、遠ざかる一人と一匹から目を逸らすように、足早にその場を離れていった。

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