空子

もうすぐクリスマスイブですねっ!

空子

クリスマスツリー、サンタさん、プレゼント、ケーキ……

空子

ワクワクしちゃうことがたくさんです!

空子

えへへ、そんな聖夜を、私と一緒に過ごしてくれませんか?


空子は笑顔で、カメラに向かって語りかけている。

留奈

オッケーよ! カンッペキだわ……!


留奈が言ってきた。興奮しているのか頬が赤い。

うん。いい動画が撮れたと思う

唯も満足気にうなずく。

留奈

さすがは春宮ね。アイドルとしての天性の素質で、最高に引き寄せられる

空子

そ、そうですか?

留奈

神々しくすら感じたわ……これはそう、まさしく聖夜に舞い降りた天使……!

留奈

くうぅっ、なんて愛らしく尊いの! 留奈だったら絶対会いに行くわ!

そうだね。本当に空子は可愛い

空子

て、照れちゃいます……

照れることなんてないのに。ほんとに思ってるんだ。空子は可愛いよ

空子

えへへ……

留奈

な、なぜかしら。瀬月が言うと留奈がドキドキしてしまうわ……

たまに留奈は同じ事務所のアイドルたちですら、憧れの眼差しを向けていることがある。

二人がかりで褒め殺されている空子の方は、真っ赤になっている。

プロデューサー

でも、うん。いい宣伝動画撮れたと思うよ

空子

わぁ、よかったです!


今日は、クリスマスライブの宣伝動画の撮影の為、近くの公園に来ている。

僕は構えていたカメラをおろして、一息ついた。

プロデューサー

残るは……

千乃

外寒い……もう事務所もどろ?


もこもこに着ぶくれた千乃が、僕の袖を引いてきた。

留奈

何言ってるの! まだ羽田の分の撮影が終わってないじゃないの!

そう。

宣伝動画用の撮影を全員分、する予定なのだが。

こうしてスケジュールの合間合間に撮影をしていっているものの、千乃だけがまだ撮影が終わってない。

というのも、千乃は室内ではコタツ、外では雪だるまになってしまうからだ。

留奈

ほら、留奈が手伝ってあげるから


ちなみに、留奈は率先して動画撮影の手伝いをしてくれている。誰よりも気合い十分だ。

留奈

さっさとその服を脱ぎなさい!

千乃

やー留奈さんのえっちー

留奈

えええエッチ……!? ち、ちがうわよー!

千乃

今日はそんなに着てないんだよ?

千乃

千乃は元々こういう体型なんだぁ

千乃……

留奈

あなた、アイドルとしての自覚絶対ないでしょ!?

空子

留奈ちゃん、まぁまぁ

空子

千乃ちゃんがこうしたいのなら、そのままでも可愛くていいと思います

留奈

ほらぁ! 春宮はやっぱり許しちゃうんだから!

留奈

いやよ、ぜったいにいや……!
アイドルたちの宣伝動画が続く中で、一人だけぶくぶくに着ぶくれた子が出て来るなんて

プロデューサー

ははは

留奈

プロデューサーが呑気に笑っててどうするのっ


叱られてしまった……。

プロデューサー

ま、まぁ、ライブ演出の方もちゃんと考えてくれてるし、千乃はやる気がないわけじゃないから

留奈

ま、まぁそうね。留奈も柚木もその点に関しては結局あんまり役に立っていないし……演出の才能があるのは、認めるわ

千乃

えっへん

空子

千乃ちゃん、すごいです

ライブ演出を詰めていっているけれど、スタッフと打ち合わせをする千乃の発想力に驚かされる。

本当に、多才な子だ。

私も千乃には、あこがれちゃうな

留奈

で、でもっ、それとこれとは話が別!

留奈

留奈たちはアイドルなのよ! アイドルはカメラの前では最高の笑顔で、可愛く見せる努力をしなくちゃいけないの!

千乃

……なんで?

留奈

へっ?

千乃

なんで楽しくないのに、笑わなくちゃいけないのかな?

留奈

な、なんでって……アイドルとして、当たり前のことじゃない……

千乃

どうして、笑顔でいることがアイドルとして当たり前なのかな?

千乃

千乃には分かんないかな。楽しくないと笑いたくないし、おもしろくないとやりたくないな

留奈

………っ、羽田、それ本気で言っているわけ……?

ちょ、ちょっと千乃、留奈……!

――これはまずい。

やりとりから冗談の気が抜けてきた。
元々、留奈と千乃は真逆の位置にいるようなアイドルだ。

千乃は留奈の考えを理解できないし、留奈も千乃の考えを理解できないだろう。

留奈の目つきは、急に鋭さを増してしまった。
ひかりとなら上手く折り合いをつけられるようになったが、まだまだ曲げられないものがあるのだろう。

この時期に、衝突してしまったら。

空子

あの、あのあの! 肉まん!

ふ、と。僕が声を出す直前に、空子が二人の間にはいった。

留奈

はっ? 肉まん……?

空子

はにゃっ、え、えーと! 肉まんが食べたいなって!

空子

少しみんなで休憩しませんか?

そっ、そうだね、そうしよう

……うまく、収まったようだ。

空子

私、そこのコンビニで肉まん買ってきます!

私も一緒に行くよ。飲み物も買ってこないとね

空子

ほらほら留奈ちゃんも、一緒に行きましょう!

留奈

え、ええ


留奈は戸惑いながら、笑顔の空子に引き寄せられるようについていってくれた。

僕はほーっと深く息を吐き出してしまう。

千乃

……プロデューサー、すっごく安心してるね?

プロデューサー

えっ? あ、ああ、まぁ……ケンカっぽい雰囲気は良くないから

千乃

千乃はケンカしたいわけじゃないよ。本当に分からなかっただけ

プロデューサー

うん

千乃

留奈さんのことは好き。面白いもん。でも、絶対にこうしなさいって言われたら、千乃も納得できなきゃいけないよね

プロデューサー

うん……


そこが千乃のいいところであり、留奈のいいところなのだ。

考え方で衝突するのは、避けられないのかもしれない。

プロデューサー

でも、今度のライブは全員で出演するんだ。足並みをそろえなくちゃいけないところもあるんだよ

プロデューサー

千乃も、留奈の言っていることが全然分からないわけじゃないよね?

プロデューサー

自分で演出を考えたライブだから、成功させたいよね?

千乃

……プロデューサー、ずるい言い方

そう言われるとは思っていた。千乃は、いつも鋭い。

千乃

分かったよ。動画撮ろ


拗ねたみたいに唇をとがらせているけれど、どうやら僕は千乃の心を動かすことに成功したらしい。

千乃がぽいぽいと上着を脱ぎ捨てていく。

プロデューサー

一体何枚着てるの……って、わぁ!


腰に手をまわされて、むぎゅーっとしがみつかれてしまった。

プロデューサー

ちょ、ちょっと千乃……!

千乃

さむいーさむいよーひとはだー

千乃

プロデューサー、早く撮って?

しがみつかれたまま、千乃が僕の方を仰いでくる。

めずらしくも、少し眉が下がっている。よっぽど寒いのが苦手らしい。

プロデューサー

い、いやいや、これじゃあさすがに撮れないよ……?

千乃

はうーあっためてー


ますます千乃はぎゅうぎゅう抱きついてくる。

プロデューサー

こ、困ったな……

* * *

* * *


一方の、空子と唯、留奈は。

コンビニで肉まんと飲み物を無事に買い終えて、歩いていた。

留奈はしょげてしまっている。

留奈

羽田にちょっと言いすぎたかしら……

空子

えへへ、大丈夫ですよ。千乃ちゃんは、ぜったいきちんとやってくれますから

留奈

春宮のそういうところは、素直に尊敬できる

留奈

なんでかしら。春宮相手だと、本音を吐き出しちゃうところがあるわ

空子

そうなんですか? えへへ、嬉しいです

うん。そこが空子のすごいところだと思う

留奈

留奈はまだ、仲間を信じきれていないのかもしれない……

空子

そんなことないです! 留奈ちゃんが、みんなのこと一生懸命に考えてくれてるの、私知っています!

空子

……あの、千乃ちゃんは、最近少し元気がないのかもしれません

留奈

そうなの?

空子

コタツにこもったり、ライブに対してやる気がないように見えたり、笑顔になれなかったり

留奈

いつもの羽田じゃない?

空子

そ、そうですけど! 少し違うように感じるんです!

私も感じた。千乃の様子はおかしいと思う

留奈

羽田、何か悩みごとがあるの?

空子

そうなのかもしれません

留奈

これは、羽田の事情を探る必要がありそうね

三人で話し合いながら、プロデューサーと千乃が待つ公園に戻ってきた。

空子

プロデューサー、千乃ちゃーん! 肉まん買ってきましたよ……って、ええ!?

留奈

なななななっな、何やってるの!?


……戻ってきたタイミングは、最悪だった。

上着を脱ぎ捨てた千乃が、プロデューサーにしがみついている。

さすがにその現場に居合わせた留奈は真っ赤になって、拳を震わせた。

留奈

……羽田、ふざけてるの? 留奈があれだけ脱がそうとしたのに、留奈の言うことは聞いてくれなくて……

留奈

プロデューサーと、いちゃいちゃして……

留奈

心配、してたのに……っ

少し涙混じりの声で吐き捨て、留奈はその場から走り去ってしまった。

空子

る、留奈ちゃん!

待って、留奈!

空子、唯もとっさにその後を追う。

……残された千乃は。

千乃

ふざけてなんかないもん……


さびしそうに、ぽつりとつぶやいていた。


第3話 ビデオをとったよ!

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