……千乃がまだ、ほんのほんの、小さい頃。
千乃。今日ずっとおふとんから出てないわね。お姉ちゃんもう外に出ちゃったわよ?
ふゆはきらいー。さむいのいやー。くたくたー
もうっ…
ふとんをかぶって出てこない千乃に、母親は諦めて去っていってしまった。
わんわん! と元気な鳴き声が千乃の耳に届く。
雷神が千乃の部屋に入ってきたのだ。
色んなものが雑多に散らかったカラフルな部屋のなか、雷神は丁寧に物を避けて千乃の元に駆け寄る。
そして勢いよく、毛布をはぎ取った。
あーもう、ダメなんだよ? 毛布かえしてほしいな
雷神は千乃のふくれっつらに構わず、ぐいぐいと袖を引っ張る。
窓の外は雪が降っていて、雷神のつぶらな瞳は期待で輝いていた。
あそぼ? お外であそぼ? と一心に伝えてくる。
もー、しょうがないなー。じゃあずっと触らせてぬくぬくさせてね。いぬはだー。
千乃は笑顔になって、雷神をむぎゅーっとだきしめた。
――ずっとそうしてきた。
雷神は千乃が好き。
千乃は雷神が好き。
千乃が人一倍多くの趣味をもっても、側にいた。
音楽や絵画のコンクールで受賞したときも、側にいた。
千乃は温かさをもらいつづけていた。
――そして、今。
雷神、今日はちょっとライブにいってくるね、近くだからそこまで遅くならないけど
千乃がそう告げると、雷神は、つぶらな瞳で彼女を見上げた。
いつも雷神はかっこいいね
一緒にいてくれて、ありがとう
……千乃はずっと、プレゼントをもらい続けてきた。
プレゼントはやっぱり、あげられる人に、あげられる時に、あげなきゃいけないんだよね
* * *
* * *
――クリスマスライブの当日。
時間になって、いよいよライブが開幕した。
みなさん、今夜は私たちに会いにきてくれて、ありがとうございますっ!
盛り上げていっくぞー!
ふふふー。みんなで楽しも? いっくでー
大音量で音楽が流れだし、空子を皮切りに、練習通りアイドルたちが次々登場してくる。
寒空の下でも、大盛り上がりの会場の熱気が伝わってきた。
低予算ながら、光と映像でカラフルに凝ったステージ。
しかし。
くたくたぁ
ステージ脇にいる千乃は、上着をたくさんかぶって、ずるずるひきずってきていた。
千乃は今まで、ありのままの自分で他人を笑顔にしてきた女の子だ。だから逆境には慣れていない。
も、もう少しで出番よ、羽田
千乃はね、寒いのがすっごく苦手なんだぁ
知ってるわよ! さんっざんアイドルらしく、可愛くしなさいって言ってきたのに、またそんな恰好で……っ
……あのね。千乃は寒いのは嫌だし、アイドルはいつでも笑ってないといけないっていうのは、千乃でもちょっと難しいかも
……雷神の元気がないんだ。最近ずっと、千乃みたいに寝てばっかりで。いつも千乃がくたくたしてたら雷神が起こしてくれたのにね、最近は千乃が起こしにいくんだ
分かってるのは、いつか千乃は置いていかれちゃうんだってこと
その時のことを考えたらね、笑顔はとっても難しいんだぁ
千乃はいつも、自分の楽しいことだけをやってる。アイドルをやるのも、何かを人にあげるのが楽しい。それだけでの気持ちでやってきたから
自分勝手かもしれない。けれど千乃はいつも、人に何かをあげることが上手だった。
自由な振る舞いでこそ、人を惹きつけることができた。きっとそれは束縛しきれないものなのだろう。
千乃さん……
…千乃ね、みんなのこと、好きだよ
だからね
千乃はすぅっと息を吸い込んで、上着を脱ぎ捨てた。
――下には、ライブ用のサンタ衣装をきちんと身にまとっていた。
そして舞台に飛び出す。
観客席から、大きな歓声があがった。
千乃はね、大好きなみんなとの、とっておきのライブをあげたいんだ
千乃……がんばるね! えへへ
そうして千乃は、くにゃっと笑顔になった。
千乃が滅多にしない、無理だった。
羽田、あなた……
クリスマスだからね? みんなに千乃が魔法をかけちゃうんだ
千乃がみんなにあげようと思う物を発表しまーす
千乃は舞台裏から1つのかごをとりだした。
――それは、事務所のアイドルたちが大好きなもの。
それは電車のミニチュアであったり、
ぬいぐるみであったり――
――こんなライブ演出は聞いていない。
が、アイドル同士の交流にトークとして場は盛り上がりつつある。
どれも手作りの品だが、見た感じ、できばえからしても相当な労力が必要であっただろう。千乃以外の人間にはとうていやれそうもない。
千乃がたくさんのそれらを、アイドルたちの周囲に舞わせた。
千乃サンタからの、みんなにプレゼントなのです
ほら、会場のみんなにも!
取り出した投影装置から、たくさんのハートのホログラムを、千乃がライブ会場に舞わせた。
集まってくれた人たちが、わぁあ! と歓喜の声をあげている。
喜んでくれると、嬉しいな
アイドルたちみんなも、目を輝かせて喜んでいる。
わぁ、千乃ちゃん、ありがとうございますっ! とっても嬉しいです!
ふ、ふん。何よ何よ。一人だけカッコつけて……
ほらほら留奈さん。うっとりしてないで、自分らもライブ演出やろ?
そ、そうね……こほん。羽田! あなたは雪を降らせたいって言ってたわね!
うん?
雪を見たら、元気になるんでしょ! だから留奈たちも、留奈たちなりに羽田にプレゼントを用意したのよ!
留奈さんの演出ふるくっさいけど、許してな?
えっへへ! みんな、いっくよー!
わたしたちから、せいいっぱいのプレゼントをおくります
はわわわ、がんばりますぅ……!
わたくしも、みなさんへ大好きを伝えたいのです!
千乃の――みんなの心に
幸せ、届けー!
舞台裏から取り出したのは、紙吹雪だった。たくさんの紙を飛ばす。
千乃以外の全員が、同じことをしてみせた。
思ってたよりも見栄えがしてよかったな……
苦笑してしまう。留奈らしいというか。
ステージ上にたくさん踊る銀紙は、ライトを浴びてキラキラと光った。
とてもチープかもしれないけれど、雪が、ちらちら舞っているようにも見える。
わぁ……!
みんなが、みんなの為に用意したプレゼントで、ステージが溢れていた。
みんな魔法が使えたんだね……
千乃は愛おしそうにステージをぐるりと見回して。
観客席を見て。
夜空を仰ぐ。
みんな、ずっと一緒にいてね
その言葉の背景を知っていたからかもしれない、少しだけ、切なげな声にきこえた。
千乃ちゃん、いーこいーこ
私たちは、そのままの千乃ちゃんが大好きです
ほら、千乃おいで
これからもずっと一緒に、いてくださいね?
ああもう! しっかりしなさい! 歌がはじまるわよ!
寒いのなんて吹き飛ばすくらい、最高のステージを見せてあげようじゃないの
……うん!
雪が降る聖夜に、大音量でイントロが流れ出した。
私たち、アイドルとしてまだまだしっかりはしていません
泣いたり怒ったり、ケンカしたり、迷ったり、悩んだり、立ち止まったり……
そういうところばっかり見せちゃってるね?
もっともっとアイドルしゅぎょうがひつようです
でも、私たちなら絶対できるって信じてるよ!
プロとして恥ずかしくないステージを、最高のステージを目指すために
一生懸命、ですから……っ!
わたくしたちにとって全てのことが初めてで、だから、出会わせてくれてありがとうって!
だれよりも気持ちはまけてへんでー! 伝えたい! 届けたい!
これからも私たちの歌を、聞いてくださいね!
ライブが終わって、静まりかえったライブ会場。
すみません。本当に勝手なことを言って……。
僕はステ―ジのスタッフに謝りっぱなしだ。
まあ、自分で背負いこんだことだから怒られても仕方がない。
ステージに犬をつれてくるだなんて……滅多にあることじゃないだろう。
……雪、積もってくれたねぇ
外からは街頭のスピーカーからクリスマスソングが流れているようだ。
紙吹雪の積もったステージにいるのは、ステージに腰掛けている千乃と、隣には一匹の犬。
まあ…僕たちが影から見守っているのはナイショだ。
ねえ雷神、これね? みんなからのクリスマスプレゼントなんだって
……雷神は相変わらず雪が好きだね。千乃もね、大切なもの、たくさんできてきた
大丈夫に、なってきたんだ
雷神は、元気に会場をはねまわっていた。
自分の体が年老いていることも忘れているかのように。
それを見てにこりと微笑んだ千乃は、ゆっくりと星空をみあげた。そして呼吸を1度、2度。
えへへ、素敵だね