トーマス

起きろ!

ジェード

!?

ジェードの寝床にトーマスの声が響き渡った。
突然すぎる声による襲撃に驚いたジェードは急いで武器を手に取った。

ジェード

ト、トーマスさん?

トーマス

その様子なら大丈夫そうだな。

トーマスがニヤリと笑うと、ジェードは呆れたようにため息をついた。
自分はトーマスに試されたのだと気が付けないほど、ジェードは馬鹿ではない。しかし同時に、トーマスが自分を信用していないというわけではないことも容易に想像できる。

トーマス

まぁなんだ。緊張気味の後輩に先輩からの粋な贈り物ってことだよ。

ジェード

はは……ありがとうございます。

トーマス

うっし、準備できたら向かうか。
今日は偵察任務だけど気を抜くなよ。

ジェード

はい!

そういってジェードは支度を済ませ前線の東に広がる森へと向かった。

トーマス

やっぱりこの辺りは視界が悪いな……

ジェード

酷い霧ですね……

トーマスとジェードを含んだ小隊は、深い霧のかかった森を進んでいた。ユダ国の兵士の姿は見えない。今日は西の荒野に進軍するという情報が事前に入っていたが、それはどうも本当らしい。

トーマス

他の奴らは今も戦ってるかもしれない。来たるべき時に備えて、しっかり情報を持ち帰らないとな。

トーマスの目がキラキラと輝く。その目の奥は、祖国の事を真剣に考える強い意志があった。

ジェード

トーマスさんって……

ジェードがトーマスに話かけた時、森に大きな銃声が響いた。
その瞬間、ジェードとトーマスの前にいた人物が倒れた。目を大きく見開き、額からは血を流している。

トーマスとジェードは反射的に銃を構え周囲を警戒する。
初弾が撃ち込まれた方向は、撃ち抜かれた方向から推測は出来る、しかし、狙撃手がその方向にいつまでもとどまるわけはない。
全神経を研ぎ澄まし、物音を聞き逃さないように細心の注意を払った。

トーマス

なんだ?
ぜんぜん気配がなかったぞ!?

必死に焦りを表に出さないようにしているトーマスを横目に、ジェードは一発の弾丸を放った

一瞬の静寂が流れたのちに、ガサガサと足音が聞こえた。

ブラッド

あぶねぇじゃねぇか
ただ、あれで決められないってことは、ビビッて適当に打っただけか、相当なヘタクソかどっちかだよな

銀髪碧眼の男がこちらへ向かって歩いてくる。一見無防備に見えるが、纏っている

トーマス

ブラッド……

ブラッド

こんなくそ坊主でも俺のこと知ってんのか
おかしいなぁ
出会った人間は端から殺したはずだが

トーマス

うるせぇ!

トーマスの放った弾丸はブラッドの肩をかすめていった。かすっただけとはいえ、ブラッドは全く動じる様子がない

まずいぞ!
こいつはこの数じゃ相手にならん!
撤退だ!

ブラッド

そう簡単には逃がさねぇよ!

威嚇射撃を行いながら撤退を始めるサルビア国の兵士をブラッドが追う。
一人の兵士にに1小隊が追われるという、非常に奇怪な現象が起きているが、そのことを気にしている余裕は彼らにはない。

ジェード

どうなってるんですか?

トーマス

奴はサルビアの殺人鬼だ。
奴と出会ったら1対1ではまず勝てない。
言っちゃ悪いけど、隊長が怖気づいた今、奴に勝つ手段はない

ジェード

でも!

トーマス

いいから!
今は逃げて体勢を立て直すんだ!

その銃声は無慈悲に響き、その銃弾は無情にも貫く。
ジェードの前からトーマスの姿が一瞬で消えていた。

ジェード

トーマスさん……

ブラッド

次はお前だな

ジェード

クソォォォ!!

ジェードは叫びながら銃を構える。
しかし、その銃口が火を噴くことはない。

ブラッド

はっ!
さっきの外しヘタレはお前か……

ジェード

くっ……

ブラッド

お前ひとり残されて大変だな
まぁいい、お前を殺したところで意味はない。
興醒めだ。

そういってブラッドは持っていた銃をしまい、振り返った。
ジェードは銃を下ろさずにいたが、手の震えから狙いが定まらない。

ブラッド

撃てるなら撃ってみなぁ!
お前にその度胸があるならなぁ!!

霧の中からブラッドの声が聞こえた。
ジェードは銃を構えたままその場に座り込んだ。

抜け殻になったジェードの姿は、数時間後に送られた、捜索隊によって発見されることになる。

第4章:赤く、朱く、紅く

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