これは、ある貴族の家の、ある日の光景。

シュバルツ

おい、ヴァイス。どういうつもりなんだ?

ヴァイス

どういうって?

 シュバルツは学校から帰って一目散にヴァイスの元に向かった。
 彼は薔薇園が好きだからそこにいることが多い。薔薇園の真ん中にあるベンチに腰を下ろして読書をしていた。読んでいるのは有名な作家の自伝らしい。
探す手間が省くのは助かるけれど、薔薇園が好きなのはシュバルツも同じだ。先を越された気がして、思わず奥歯を噛みしめる。我が物顔で座るなって思ったけど、その話をしに来たわけじゃなかった。

シュバルツ

誰が誰の弟だって?

ヴァイス

ああ、【シュバルツは僕の弟だよ】って言ったんだよ

 ニコッと笑ってそんなことを言う。
 学校で先生に言われた。

お兄さんは優秀なのに、君はダメだね

 って。
 先日のテストの答案用紙を見て、残念そうに肩をすくめる。点数が悪かったのはシュバルツだけではなかったはずだ。それなのに、必ずヴァイスと比較する。
 他の生徒たちも、

君のお兄さんは優秀で羨ましいよ

 なんて言って来た。
 目は確実にシュバルツをバカにしていた。見下されているような気がして腹が立った。あいつらとシュバルツに差はないのに。ヴァイスと比較する。

シュバルツ

バカ言うなよ。兄貴はおれ、お前が弟

ヴァイス

そうだったけ? どちらでも良いって思うけど

 双子として生まれたシュバルツとヴァイス。どちらが、兄か弟か、それについて幼い頃より争っていた。ジッと睨んでも、余裕たっぷりの笑顔で受け止められる。
 確かにどうでも良いことだった。
 それはわかっている。

シュバルツ

嗤うな

ヴァイス

シュバルツ、もう少し落ち着いたら? そんなんだから、お前は弟なんだよ。みんな、それで納得してくれるんだ、もう弟で良いんじゃないかな

シュバルツ

……じゃあ

ヴァイス

シュバルツ

兄貴なら、弟の望みを叶えたらどうなんだ?

ヴァイス

何を言い出すかと思えば……何? 何をすればいいの

 いつもの余裕の笑み。
 それが腹立たしくて、今思えば取り返しのつかないことを望んでしまった。

 冷静に考えれば、
そんなことはダメだった。
いくら嫌いな奴だからってダメだった。

 それなのに……

シュバルツ

お爺様の薔薇園から緑色の薔薇を取ってきて欲しい。あそこ、鍵が壊れているから開いているんだよ

ヴァイス

……鍵、閉まっているはずだよね

シュバルツ

この前、見た時には壊れていたよ

ヴァイス

入ったの? お爺様に怒られるよ。

シュバルツ

できないのかよ。そりゃ、中には変な動物が放し飼いにされているらしいけどさ。お爺様に怒られるのが怖いわけ?兄貴なのに

 こんなことを言うから自分は弟なのだ。そう思う。

ヴァイス

……わかった。取ってくるよ

 そう言って、ヴァイスは読みかけの本を閉じると、それをベンチに置いて、そのままお爺様の薔薇園に向かった。
 お爺様の薔薇園はこの奥の鉄の柵で出来た扉の向こう側にある。
 構造は此処と同じ。その先は有り得ない色の薔薇の花で溢れている。何度かお爺様に見せて貰ったことを思い出す。
 勝手に入ってはダメだって、忠告されていた。

 そりゃそうだ。

 薔薇の花は品種改良された特殊な花だから、かなり貴重なもの。一輪だけでも高額な価格で取引される代物かもしれない。
 その辺りの事情は知らなかった。
 だけど、それだけじゃない。

 お爺様が趣味で購入したという異国の動物がいるから入ってはいけない。そいつは貴重だし、おまけに危険なものもいるから近づいてはいけないって。
 入るな、と言われると入りたくなるのがシュバルツだった。どうにかして鍵が開かないだろうか、そう思っていた。そう思っていた、矢先のこと。
 鍵が壊れていることに気付いた。
 その内、忍び込んでやろうって思っていた。それを、自分より先にヴァイスにやらせてしまった。
 シュバルツはヴァイスを待たずに屋敷に戻った。あそこに緑色の薔薇なんてないんだ。直接お爺様に聞いたことがある。

シュバルツ

緑色の薔薇もあるの?

 って。葉っぱと同じ色をしていたら面白いだろうって思ったけど、

緑色の薔薇は、作れなかったよ

 ってお爺様は言っていた。
 この話はシュバルツとお爺様しか知らない話。


シュバルツ

見つけられなかったヴァイスがどんな顔で戻ってくるのか、想像するだけでつい笑みが零れてしまう

 だけど、ヴァイスは食事の時間になっても戻ってこなかった。

 家族は誰もそのことを気にしない。両親は息子になんて興味がなかったのだから。食事が終わっても彼が戻る気配はなかった。次第にシュバルツは不安になる。ヴァイスはバカなぐらいに真面目だ。真面目に薔薇を探しているのかもしれない。
 お爺様に謝って、一緒に薔薇園に行ってもらって、ヴァイスに本当は緑色の薔薇なんてないんだ……って言えば良いのに。
 素直になれないシュバルツにはそれが出来なかった。

 夜中になっても、隣の部屋に人の気配はなかった。

シュバルツ

バカだろ、あいつ

 そう悪態をつきながら、不安が大きくなるのを感じていた。ベッドに横になって、寝ないといけないのに眠れない。時間が長く感じる、カチカチという時計の音が気になって眠ることが出来ない。
 帰ってこない、どうして帰ってこないのだろう。
 

 夜明けと同時にシュバルツは薔薇園に向かった。走って、そしてお爺様の薔薇園の扉を乱暴に開く。怒られても良い、そんなことはどうでもいい。

 色とりどりの薔薇の迷宮を走る。

 そして、

 

シュバルツ

!!

変わり果てた彼を見つけた。

21 Gemini~双子1 (黒猫の話)

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