ラシェルは与えられた鉈を抱きしめながら震えている。全然怖そうに見えない光景であった。
虫、怖いよぉ
ラシェルは与えられた鉈を抱きしめながら震えている。全然怖そうに見えない光景であった。
あの気味の悪い雑草を引っこ抜いていたくせに
あれは、草だもん。だけど、これはキモチワルイ
言いながらもラシェルは鉈の先端で虫を潰していた。その隣で、ややため息を零しながらオレも虫を潰す。
気づかれないように、息を飲む。
虫を潰すたびに声が聞こえる。
“ヒトゴロシ、
バケモノ”
薔薇園
その単語を聞いたときに思い出すものがあった。
君は、紅茶を淹れるのが上手だね。薔薇茶か、素晴らしい香りだ
全身ブランド物で身を包んだ男が笑う。オーデコロンが強すぎて鼻が痛くなりそうなのを堪えて。
いやー、それほどでも
適当に笑顔で返した。
ここは薔薇園
どこにでもある、貴族の屋敷の一画。
それにしても、見事な薔薇の噴水じゃないか。水面に薔薇の花びらが浮かんでいるのか。赤い色がまるで……………………まるで?
立ち上がり、噴水に近づいた男の目の色が曇った。
どうしましたか?
表情を変えずに応える。
な、何で…
男は目を見開いて、噴水に縋り付く。その中には、別の男がいた。花びらの中に、空ろな目の男が浮かんでいる。
気持ちよさそうって飛び込んだみたいです。気持ちよくて寝たのかなぁぁぁ!
クリスが口端を上げて笑う。
ダメだ、こいつは気が短い。
もう笑いが零れている。
こっちだって、ギリギリのところで無表情を保たせているのに。
殺すのが早すぎる。
打ち合わせが違うだろって睨んでも、もう目が嬉々としている。
彼にとって水面に浮かぶ男は親友の仇なのだから無理もない。だけど騒ぎになる前に、終わらせなければならない。
男の背中に立ち、その肩に手をのせる。
この薔薇ってさ、毒があるみたいだな
毒?
それは、どうでも良い。あんたも、入ったら?
どうかな? 薔薇の花びらで出来た風呂は心地良いだろう?
ケラケラとクリスが笑う。
入るかよ。誰か、誰かああああああ
男の声は震えていて、うまく大声が出せずにいた。それでも逃げようと、踵をかえす男に、
ニヤリ、
と二人で笑った。
この薔薇って花びらに毒があるらしい。
人間にしか効果がないけどなぁ
クリスがテーブルの上の紅茶を一口含む。
まって、くれ、このお茶は
ああ、薔薇の花びらで作ったお茶だよ
男は突然、自らの首に爪を立ててのたうち回る。
どうやら、飲んだモノを吐き出したいのだろう。
だけど、出来なかった。
ヤメロ、クルシイ、このバケモノめ
そう言って、男は朽ち果てた。
……気が済んだ?
まぁね
一気に空気が冷めた。仇討ちに付き合ったのは気まぐれだった。
オレ以外にも友達いたんだな
いたけど………もう、アンタだけで十分だよ。嫉妬した?
嫉妬もなにも、オレと会う以前の友達だろ?
まぁね、アンタたちと出会う前のだよ。こんな形で再会するとは思わなかったけど。友達が死んでいたなんて………さ
きっと、これからも再会するだろうよ。こういう再会を……ね
そうだね。でも今回は彼らのお蔭だったね
二人の視線は美しく咲く薔薇に向けられた。
彼らは魔物や獣を捕らえて弄び、それに飽きれば殺して土に埋めた。その上に薔薇園を作る。その作業を繰り返していた。
この薔薇の下に眠る……殺された獣たちの憎悪が毒を生み出したか……
よく分かったね。この薔薇の毒が人間にしか効かないって
魔法使いから聞いた。撤収するか
このままで良いの?
魔法使いに頼んである
あの胡散臭い男? 会うたびに顏が変わるから嫌いだな、あの人。デュークくんは嫌い嫌いって言いながらあの人に頼るよね? だからいつまでたっても子供扱いされるんだよ
………
あの時の薔薇園。
殺された獣たちの憎悪が、あの人間たちを殺す毒となった。
それじゃあ、オレたちが殺した人間たちの憎悪はどこにあるのだろうか。
ヤメロ、クルシイ、このバケモノめ
…………
~♪♪
虫を潰すたびに聞こえる。
この声はオレにだけ聞こえる、オレに向けられた声だからだろう。
この声はデュークが殺してきた者たちの声。
………
デューク、平気?
目線を落とすと、心配そうなラシェルの視線があった。
平気だ、これくらい。はやく駆除しよう
……うん
納得できないというような視線を浮かべながらもラシェルは頷いてくれた。
………