駆け寄ろうとした晴紘は、
上着の裾を引っ張られて足を止めた。


な……

いつの間にきたのか
晴紘の後ろに紫季が立っている。


冷たい、硝子のような瞳のままで
彼女は言う。

見るだけというお約束でした

紫季!


見るだけ?

今まさに目の前で
知り合いが殺されようとしているのに、

”見るだけ”?





そういうお約束です

そ、れは



たしかに、そう約束したけれど。

でも。


目の前で振り上げられている手には
ナイフ。


折りたためそうにもない、
刃渡り30センチはありそうな
ナイフだ。




肉だけでなく
骨まで断ち切ってしまいそうな
禍々しい光を放っている。







それはまるで
木下女史の未来をも
暗示しているようで……







……ぅ……ぁ……ぁ……

喉を絞められたまま、
木下女史が表現し難い声を上げる。

か細い、
そのまま絞められているだけでも
死んでしまうのではないかと
思う声。


もともと人通りの少ないところへもって
そんな声では、
塀の向こうにいる人々には届かない。






















助けられるのは
自分しか、いない。


ここが本当に過去のあの日なら、


は、な、せ……よ……っ!


だが
木下女史のもとへ駆け寄ろうにも、
服を掴まれていて進めない。


……


掴んでいるのは
自分の胸くらいの背丈しかない少女。

その彼女のどこに、
こんな力があるのだろう。

過去に手出しをすることはできません。そうすれば未来が変わってしまいます

変わるって言ったって、彼女が助かるだけじゃないか


そうだ。

こんな夜更けなら、
新たに獲物を探そうにも
そう簡単には見つけられないだろう。


標的は誰でもいいわけじゃない。

今から木下女史と同等、
あるいはそれ以上の
足を持つ娘を探すなんて
至難の業だ。









 
それだけではない。

ここで大声を上げれば、
いや、
この場で犯人を捕えてしまえば全て終わる。

新たな被害者も出ない。



いいほうに変わるのなら
なんら問題もないだろうに。

誰が反対すると言うのだ。

そうでしょうか


相手は刃物を持っているが
リスクは低い。

自分1人で事をなすならともかく
木下女史もいる。

彼女とて警官だ。
凶器を持った犯人の御し方だって
わかっている。




 

捕まえられる







晴紘は
怪人の背に体当たりをしかけた。

ナイフが落ちる。

敷かれたシートや
ところどころに生える草のせいか、
音は聞こえない。


俺は


そのままバランスを崩した
黒マントを
圧し掛かるようにして抑え込む。

俺が木下さんを助けなきゃ


解放された女史の身体が
ずるずると滑り落ちる。

















俺が……!










視界の端を


シルクハットが転がって行った。








【弐ノ参】十一月六日・参

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