………

………

 ヴァイスが楽しそうにデュークと会話をしている。今朝からヴァイスは機嫌が良かった。アークに告げられた言葉に少し衝撃を受けていたシュバルツと違い、彼の目は生き生きとしている。
 外に出たい、その気持ちを告げた時、彼は激しく怒った。怒っているはずだし、反対していたのに突然だった。







―――デュークさんと同じことをすれば外に出られるよ。







 それは知っている。だから、同じことをするつもりだった。だけどアークの言葉と、デュークの様子を見て少しだけ怖気づいている。

 外に出たい、その気持ちは変わらない。
 だけど、その為にヴァイスを巻き込むのは躊躇われる。

シュバルツ

薔薇園か……

ラシェル

どうしたの? シュバルツ

 そう言って首を傾げたのはラシェルだった。

シュバルツ

いや、実家にも立派な薔薇園があったな~って思い出してさ

ラシェル

思い出した?

シュバルツ

ああ、忘れていたみたいだ。薔薇園のこと。どうにも、ここに来てから記憶が曖昧なんだよな

ラシェル

デュークも落ちた時にコロコロ転がって記憶が曖昧だって言っていたけど。シュバルツも?

シュバルツ

覚えていないけど、そうだったのかもな

 デュークが転がって落ちた……というのは、何者かに落とされたのかもしれない。そう考えると、シュバルツの記憶も何者かに意図的に消されている可能性はある。

 二人は歩いて階段を降りたような気がする。そこの記憶は残っていた。

 忘れているのはこの館に来るまでの数日間の記憶と、ここに来た直後の記憶だと思う。

ヴァイスはシュバルツの記憶が曖昧なことに気付いていないか、気付いていないフリをしている。

ラシェル

薔薇って綺麗だったの?

シュバルツ

立派だぞ。この辺では一番だな……毎日眺めても飽きないぐらいには

 そうだったはず。
 少しずつ思い出している。



 美しい薔薇園の光景…………

ヴァイス

シュバルツ、行くよ

デューク

ラシェルもだ

 二人に促されて扉に向かう。

 目の前の扉を開いた。
 その先には眩しいほどに赤い薔薇で彩られた薔薇園があった。

 薔薇園なんて、どこにでもあるのに言いようのない不安が押し寄せる。シュバルツは背筋に冷たい何かが流れるのを感じた。

 そんなはずはない。








 そう思いながら、首を傾げる。

シュバルツ

なぁ、ヴァイス

ヴァイス

 傍らのヴァイスを横目で見る。【彼】は、どうして平然としているのだろう。
 自分はどうして、そう思うのだろう。
 ヴァイスが平然としていることが不自然に思える。

シュバルツ

オレたちって、どうやってここに来たんだっけ

ヴァイス

え?

 ヴァイスは不思議そうに見つめて首を傾げる。そして何故か顔を近づけて耳元で囁く。

ヴァイス

ダメだよ。個人情報になるから、デュークさんたちがいないところで

シュバルツ

……ああ

 そうだ、確かにその通りだ。

 不謹慎な問いだった。

 ヴァイスはデュークたちを信用していない。

 彼は他人を信用しない。

 あれ? そんな奴だっただろうか。

デューク

それじゃあ、別行動だな

ヴァイス

そうですね

 二人の間で打ち合わせをしていたのだろう。二手に分かれて作業することとなった。
 場所も出来るだけ離れて、姿は見えるけど会話が聞こえない位置で。

17 Rose Garden~薔薇園 (黒猫の話)

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