ヴァイス

………………というわけなので、お願いします

アーク

………

 満面の笑みのヴァイスに呆れ顔のアークが応じた。
 自分の居住スペースを持つ者はごく限られた者だけ。元々が動物や魔物ならば何所ででも眠れるのだから、彼らに居住スペースは必要ない。

 ここは巨大な地下室。地下といっても下水道のような、悪臭もない。清潔空間が魔法で保たれている。

 だから、誰もがどこででも寝られるはずだった。人間だろうと、それ以外であろうと。
 しかし、生活空間を区切ると……
 カーテン一枚で区切られただけなのに【屋外】と【屋内】に隔たれている……ような感覚になる。

 元々、「家」の中で生活していた者たちは〖屋外〗より〖屋内〗を選びたくなる。

 アークのところは他人の家だ。だけど外に居るよりは十分快適だ。

シュバルツ

困ったときはお互いさまだろ

アーク

貴方が私に何かをしてくれるとは思いませんがね

 はぁっと大きく息を吐くアーク。
 そんな彼を見上げてラシェルが口を開いた。

ラシェル

ため息はダメだよ。幸せが逃げてっちゃう

アーク

………そうですね。ラシェルは物知りなのですね

ラシェル

デュークに教えて貰ったの

 誇らしげにラシェルは言う。

アーク

そうですか……ところで、デュークさん

デューク

デュークでいい、『さん』は要らない。それで何の話?

アーク

憑かれましたかね?

 妙な言葉の響きに背筋がゾッとした。

デューク

…………アーク、奉仕活動をすると憑かれるのか?

アーク

はい……知っていても、貴方は奉仕活動をしたでしょうが。ここから出る為には必要な行為ですからね

ラシェル

私は疲れていないよ

アーク

……憑くものがありませんからね

ラシェル

……???

 頬を膨らませて睨むラシェルにアークは微笑むだけ。

アーク

そう睨まないでください

デューク

……………………嫌な奴

アーク

それは、褒め言葉ですか?

ラシェル

むずかしい話はやめて

 ラシェルは首を傾げる、オレたちの会話が理解出来なかったからだ。それは彼も同じ様子。

シュバルツ

ワケの分からない話しやがって!!休ませろよ

 シュバルツがブチ切れた。

 テーブルに飛び乗って、丁度アークが飲んでいた紅茶がカップごと落下した。
 ガシャンという音に、一気に空気が凍り付いた。

アーク

あー……

シュバルツ

・…………

 気に入っていたのだろうか、アークが青ざめる。

ヴァイス

シュバルツ、もう少し礼儀正しくして

シュバルツ

あ、ああ

 シュバルツは震えながらアークを見ていた。アークは無言で割れたコップを片付けている。

ヴァイス

良い子にして、少し弱みを見せて。下手に出れば、この人はすぐに頷くから。単純だからね

アーク

聞こえていますよ。このデストロイヤーどもが

 低い声でそう言うアークの目に光はない。

ラシェル

アークさん

 控えめにラシェルに羽根を引っ張られたアークは穏やかな表情を浮かべた。この切り替えの早さには感心してしまう。

アーク

はい?

ラシェル

アークさん、デュークが疲れているから休みたいの。お願い

 上目遣いで見上げると、アークはフッと優し気な笑みを返す。
 そして、オレの姿に肩をすくめた。

アーク

仕方ないですね

ラシェル

やったー

ヴァイス

ありがとうございます

 ラシェルと共にシュバルツとヴァイスが手放しで喜ぶので、アークは大きくため息を零した。

アーク

……貴方たちもとは言っていませんが、仕方ないですね

デューク

………すまないな

アーク

いえいえ

 微笑むアークの表情が真剣なものに変わる。

 オレにしか聞こえない声で彼は囁いた。

アーク

……デューク、今後も奉仕活動にはラシェルを連れて行きなさい。そうしなければ…………二人とも壊れますよ

 アークが何を言っているのかわからなかった。

デューク

………

アーク

貴方と同じになりますよ

 それだけで、わかってしまう。オレと同じ末路は……

デューク

それは……困る

アーク

はい………デュークは良い子ですね

デューク

………子供扱いするな

 微笑まれるのが気に入らなくてオレはアークから離れた。

ラシェル

デュークの身体ふわふわしていて気持ち良いから、そこで寝てもいい?

デューク

ああ

ヴァイス

本当だ、ボクも良いですか

デューク

まぁ、いいけど

シュバルツ

おれも、おれも

デューク

勝手にしろ

 アークと会話を交わしてラシェルたちの所に向かう頃には疲労がピークに達していた。一歩踏みしめるごとに激しい睡魔が襲い掛かるのを感じていた。あまりにも疲れていた為、適当に返事を返していた気がする。

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