あの子どもの狼は立派に成長しただろう。


 あの劇場支配人の元にいた剥製を思い出す。
 一目で分かった。人の顔を覚えるのは苦手だが、獣の顔は覚えている。顔つきは変わったけれど、あいつだった。

 埋めた奴らがどうなったかなんて知らない。知る必要もない。奴らは最後まで抵抗していた。腕だけが土の外に突き出ていたっけ。

そんなことを思い出したからだろうか。雑草を抜いて聞こえる、忌々しい声。まるで奴らの悲鳴のようだった。耳障りな声をラシェルは気にせずに引っこ抜いていた。



 オレは……



 悲鳴を聞くたびに顔をしかめる。ラシェルに負けないようにしなければ。何も考えないように、何も聞こえないように、無心に雑草を抜いていた、
 そんな作業をしている内に、

デューク

ずいぶん、綺麗になったな


 作業は終了した。残っている雑草は、指定されたものではない。

ラシェル

これで指定されていた雑草は全部かな

デューク

流石だな


 誇らしげなラシェルの頭を撫でてやる。そうしてやると

ラシェル

当然だよ~

って嬉しそうに笑う。あまり調子に乗られても困るので、最後にデコピンを与えてやった。

ラシェル

……

おお、綺麗になっているじゃん

 遠くから聞こえる声に顔をしかめる。ラシェルも頬を膨らませていた。

デューク

お前、どこに行っていた?


 すっかり存在すら忘れていた。一緒に作業をしているはずの男。

おいおいおいおい。見えないところで作業していたんだって……お? おいおい、まだあるじゃないか。仕方ないなぁ


 男は、足元の雑草を抜く。
 だけど、その草の形。

デューク

ラシェル

それって、抜いたらダメなやつだよ

え?


 静止の声は遅かった。

 男は不思議そうな顔を浮かべたまま………

 それが、最後の声となった。

 男の手に握られていた草は人間の腕の様なものに変貌すると、


 一瞬で、男を土の中に飲みこんだ。

デューク

………

 静寂が訪れる。
 そこには誰もいなかったかのように、何の痕跡もなかった。

ラシェル

た、食べられちゃったの?

デューク

みたいだな……ん?

 男を飲み込んだ辺りの土がムクムクと動く、そこから雑草が姿を現す。

 それは指定されていた雑草だった。

デューク

……

ラシェル

抜いても良い奴だよね


 ラシェルが視線で確認をする。

デューク

ああ


 念入りに写真と同じかを確認して、それを抜く。先ほどと同様に悲鳴が発せられた。
その悲鳴が、先ほどの男のものに聞こえた気がする。

メル

はい、お疲れ様でした

 メルは笑顔を浮かべてオレたちを迎える。

デューク

あの男は?

メル

はい?

デューク

指定のモノ以外を抜いた男はどうなった?

メル

ああ、養分になっただけですよ

デューク

そうか

メル

それより、どうでしたか?

デューク

どういう意味だ?

 不気味な気配を感じ、警戒を強める。

デューク

 いつの間にかオレ闇の中にいた。傍らにいたラシェルの姿はない。
 目の前にいたメルの笑みがグニャリ、グニャリと少しずつ歪んで変貌する………



あんなことをしているのに、外に出て生きたいと思うの?

忘れたの?貴方はね…………人殺しなのに……

 そう言っているのはメルではなかった。

 顔は良く見えない。

 黒い靄をまとった女。

 気味の悪さに背筋がゾッとする。

デューク

………

ラシェル

デューク、どうしたの?

 ラシェルの声に振り返ると、心配そうな目が見上げてくる。

デューク

メル

いきなり黙らないでくださいよ

 目の前にはメル、場所もギルドの一室だった。
 先ほどの、気味の悪い闇の中ではない。

メル

これが報酬の水晶玉。2人分なので2つですね。もう1人の方は残念ながらルールを破ったので、退場していただきました

 何でもないように微笑んだ。
 オレはその笑みをジッと見ていた。

デューク

……

メル

どうしましたか?

 先ほどの女は何だったのだろう。

デューク

いや、何でもない。引き続き次の仕事を……

メル

欲張らないでください。あまり焦っても疲れて倒れますよ

デューク

……

 チラリとラシェルを見る。目的の為とはいえ、ラシェルに負担をかけるわけにはいかない。

ラシェル

私は元気だよ

デューク

こう言っているが

ラシェル

でも、デュークが疲れている。だからダメだよ

デューク

オレが疲れている?

 妙なことを言われて目を瞬かせる。
 デュークはこんなことを彼女に言われたことがなかった。

ラシェル

どこかで、休もうよ。それがいい。

 有無を言わせないラシェルの視線に圧倒されそうになる。

デューク

オレが、憑かれている?

pagetop