『ご奉仕ギルド』
『ご奉仕ギルド』
目の痛くなりそうな色の文字に、ギラギラと光ったライトが照らされている。
どうも、ご奉仕ギルドです。案内人のメルと申します。メルと呼んでください
待っていました!! と言うようにニッコリと笑う従業員の女、メルを半眼で睨む。
…………奉仕活動がしたい
はいはい
睨んだところで、少しも動じない。
この奥にある畑の雑草を引っこ抜いてください。雑草だけ抜いてくださいね。雑草以外を抜いたら、大変ですよ。引っこ抜くのはコレだけです
そう言って写真を出してきた。雑草なのだろうか。不気味な植物だった。
こっちは抜いてはいけません
わかった
オレはラシェルを連れて奥に入ろうとする。
ちょっと、待ってくれ! おれも参加しても良いか?
そう言って、男が駈け込んで来た。知らない奴。ラシェルを見ると彼女も首を傾げた。
………
………
オレたちが何も答えないことを良いことに、この男は会話を続ける。
おれも水晶玉が欲しい。一緒にやろうぜ
なんて言ってくるので、あからさまに嫌そうな顔で返すが男は動じない。
報酬は一人につき一つお渡しします。三人で協力して頂いた方が楽だと思いますよ
そんなことをメルが言うものだから、男の笑みが深まる
おう
余計なことを……
私も受付は一度にまとめたいのですよ。デュークさんだって思ったことありません? 同じ用件ならまとめて来てくれって
ニッコリ笑顔で返される。
まぁ、良いだろう。ただし、邪魔はしないでくれよ
こっちは時間が惜しい。
よろしくなっ
あ、コレ忘れないでください。抜いてOKな雑草と、ダメな雑草の写真なので確認してくださいね
任せとけ
こちらに拒否権なんてなかった気がする。
男はニコニコ笑いながら先導して畑に向かった。
目の前に広がる畑に圧倒。
畑、広いね
視線を動かすとラシェルが目を輝かせている。
ラシェルは街育ちだから畑を見るのは初めてなのだろう。
あの男は?
あれ? いないね。逃げたのかな
あの男、作業を任せて自分は報酬だけ貰おうという考えなのだろう。
図々しい。だが、探してやる気にもなれない。
…………とりあえず、抜こう
畑の前に立つ。
……っ
何だろうか。
デュークはこめかみに痛みが走るのを感じていた。
≪人殺し……≫
何処かから声が聞こえたので、振り返る。
……
当然、そこには誰もいない。
デューク、どうしたの?
何でもない、それじゃやるか
うん
【奉仕活動】を始める。
スポッと音を立てながら、 雑草を抜く
それと、同時に悲鳴が聞こえた。
うわ、今の声って雑草さん?
みたいだな
不気味だ、雑草を抜くたび悲鳴が聞こえるなんて。
そう思ったのはデュークだけだったらしい。
うるさいな
肝が据わっているのか、ラシェルは叫び声を上げる草を次々と抜いていく。
スポッ!
ラシェルが抜く
ギャー―――――――
雑草が悲鳴を上げる
スポッ! ギャー―――――――
スポッ! ギャー―――――――
一定のリズムで繰り返されている。
それを見て、再度畑を見渡す。
ここに来たときから、ずっと頭が痛い。
この畑は、どこにでもある畑だ。
あの畑ではない。
あれは、いつのことだったろう。下らない記憶だからと忘れていた。
とある山奥に名もない小さな村があった。森の中には狼たちの集落があった。
狼は人間の村を襲わない。
人間も狼の集落に足を踏み入れない。
それは、大昔から決められた約束だったらしい。互いに干渉しないことを条件に平和は保たれていた。あの日までは……
村を広くしようと考えた人間。彼らは森の木を伐採した。
“狼なんて怖くないさ”
当然の平和の中で生きていた彼ら。長い時間の中で、大昔の約束など夢物語だと思っていた。狼との約束なんて信じていなかった。ここは全て人間の領域だろ。だから、何をしようと問題ない。たくさんの木を伐採。
切って、
切って、
切って、
切って、
その最中に狼の領域まで入り込んでいた。
それでも、
切って、
切って、
切って、
切って、
斬って、
狼の子供を殺してしまった。
“ああ、危ないなぁ”
人間の反応はそれだけだった。彼らにとっては、うっかり木の実を踏みつけた程度のことだったのだろう。猟師が猪を殺すのと同じ。
だけど、幼い仲間を失った狼たちは復讐を考える。狼たちは村を襲い、多くの人間が命を落とした。
人間たちは狼が約束を破ったのだと言う。約束を忘れていたというのに、都合のよい話だ。
報復は済んだと言って狼たちは立ち去った。
人間たちは復讐を始めた。狼たちの飲み水に薬を流した。眠り薬で彼らを眠りについた。それを確認して、人間たちは集落に火を放った。炎は一気に燃え広がった。辺り一帯を燃やし尽くす。
狼たちは全滅だった。
生き残った人間たちは、焼け野原に穴を掘っていた。
深い穴だ。そこに狼を捨てる。
そこに通りかかった男がいた。
男は死人のような目で彼らを見ている。
大変そうだな
ああ、埋めるものが多すぎて参ったよ
村人はそう言って笑う。男の視線は狼の死骸に向けられていた。村人は狼たちとの戦いを誇らしげに語る。そんな話など、どうでも良かった。
もう狼に怯える必要はないんだよ。ここに広い畑を作って、村を再建させようかと思う
嬉しそうに語る村人に、男は笑みを浮かべた。
大変だよな。埋めてやるよ
本当かい? ありがたい、じゃあコレで掘ってくれ
その申し出に村人は喜び、スコップを手渡そうとして……直ぐに後悔をする。村人はスコップを渡そうと手を伸ばしたまま、穴に背中から突き落とされた。唖然とした顔のまま見上げると、彼は無表情のまま見下ろす。
な、何を
大変だろ? オマエも
一緒に埋めてやるよ
彼は無表情のまま土をふりかける。
あああああ
村人はもがく。
もがく手が触れるのは血で濡れた狼の毛。それが【逃がさない】とでも言うように村人の身体にまとわりつく。
ひぃぃぃぃ
どうしたんだ
叫び声を聞きつけた他の村人が現れる。男は振り返る、無表情のまま。そいつも、穴の中にドンっと落とす。
あああああ
全員を突き落とした穴を土で塞いだ。村の人間たちは仲良く狼たちと同じ土の中で眠りについた。
足元に1匹の子供の狼がいた。奇跡的に1匹だけ逃れたのだろう。それが良いことか、悪いことなのか判断できない。
オマエ、魔法使いのもとに行くか?
……
そうか……オレは別の場所に行くからな
……
ここはどうしようか? 花が咲くように種でも植えてやろうか?
……
子狼は頷く。
狼たちの魂よ、安らかに。愚か者たちもついでに、安らかに
それは名もなき村の話だった。