顔を上げると、涼しい顔を浮かべるアークと目があった。

アーク

ルール以外に聞きたいことはありますか?

デューク

この屋敷には、人外時間と人間時間が交互に流れている。これも魔法だな。これについて何か知っているか

アーク

何の為かは分かりませんね

デューク

そうか

アーク

これにより、住人の立場は平等になります。人外も人間も、互いを疑わなければ共存できます

デューク

そうだな

アーク

ここに訪れる者たちには何かしらの共通点があります

デューク

だから共存できる。ここを造った狂った誰かはそう思ったのか

アーク

でしょうね………ですが、私の知る限りでは、デュークとラシェルは異端です

ラシェル

ほえ?

 ラシェルが顔を上げる。
 突然、名前を出されて不思議そうにアークを見つめる。

デューク

外に出たい、なんて言い出すからか?

アーク

はい。ここに居る者たちは、外に出たいとは思わない。ここでの生活を受け入れて満足していますからね。ここで死ぬか、生きるかの二択です

デューク

………あんたは? あんたは、どう思っている

アーク

どちらでもありませんよ


 何だか、はぐらかされたような気がして口をへの字にすると、アークがニコリと笑った。

アーク

私が話をしている何人かの共通点は………生きるアテを失った者たち、そう思っていました

デューク

生きるアテ……か


 生きるアテなんて、自分にはあるのだろうか。考えても、考えても何も浮かばない。

ラシェル

私の生きる場所はデュークの側だよ!

デューク

………


 ラシェルは言い切ると、何だか自分の言葉が恥ずかしいと気づいて照れ隠しの笑みを浮かべる。

ラシェル

エヘへ

デューク

……


 こっちまで恥ずかしくなるだろうと一瞥するが彼女は気づいていないようだ。

ラシェル

………

アーク

仲がよろしいのですね

デューク

仲良くはない

ラシェル

仲良しだよ


 さっきまで、微笑ましいものをみるような視線を向けていたアーク。
 少しだけ冷たいものに変貌する。

アーク

ここで生きるという選択肢は選びませんか?

デューク

選ばない


 はっきりと、オレは応えた。

ラシェル

デュークが選ばないなら、私も選ばないよ

アーク

勇者が現れなければ、平穏に生きていたでしょう。彼も勇者だと名乗らなければ殺されることなく生きていたと思います。知らなければ、知らせなければ幸せでした


 アークが語るのはあの勇者と魔物たちのことだろう。
 彼らは低級魔物。人間の姿を得なければ勇者になんて勝てない弱い存在だったはず。勇者の姿さえ見なければ、もう少し生きていただろう。

 知らなければ、幸せだった。

 勇者。
 それほど幸せな人生を彼は歩まなかったはずだ。たくさん傷ついて、ここに流れ着いた結末があんなだなんて。彼の仲間たちは、きっと嘆いているだろう。

 勇者だと告げなければ、幸せだった。

デューク

自分が何者かを語ることは自殺行為になるってことか

アーク

はい。デュークは自分の情報に価値はないと思っている気がしますから。忠告はしておこうと思いまして……

デューク

当然だ、オレに価値はない

アーク

貴方はそう思うかもしれません。ですが、どこに敵がいるか分かりません。彼らのように自分の命を捨ててでも貴方を殺そうとする者がいるかもしれません。

デューク

………

アーク

デュークは一人でここに居るわけじゃないのですよ

デューク

………

ラシェル

ふたりだけで、何話してるの?


 しばらく考えてからラシェルを見やる。
 相変わらず、話を理解していない様子の彼女を見ると、それでも何だか安心してしまう。彼女は何も知らない。オレの過去を知らない。
 間抜け面だが、嫌いじゃない。
 彼女を見ていると、オレも平和な世界を生きているのだと錯覚してしまう。それは違う、明るい平和な世界を生きているのは彼女で、オレは暗い世界で這いつくばって生きているにすぎない。
 彼女の住む明るい世界から零れた一筋の光。
 それに、縋ってどうにかオレは今を生きている。
 だから、彼女だけは帰さなければならない。このまま嫌な思いをしないまま、外に帰さなければならない。

デューク

ラシェル、今から余計なことはしゃべるな。余計なことを聞くな

ラシェル

はーい


 本当にわかっているのか?と疑いたくなる間延びした返事に眉根を寄せる。

デューク

まずは人間の姿の内に水晶玉を集める

ラシェル

はーい


 わかっているのか、不安になるがラシェルの良い返事を聞くと、なんとなく安心して小さく頷く。

アーク

目的が決まって何よりです。私はここに居ますから、困ったときはどうぞお気軽に


 あまり頼りたくないと思いながら彼に頷く。
きっと、ここで頼れる相手は彼しかいないのだから。

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