それはさみしそうに教室に置いてあった。

長嶺

島崎さんまだ帰ってねーのか

俺が教室に忘れ物を取りに帰ってくると、島崎牧子の机に鞄が置いてあった。

時刻はもう21時過ぎだ。

これは事件の香りがしてきた。

俺だってさっき、警備員さんにお願いしてカギを貰ったのである。


ということは、だ。

長嶺

島崎さんどこに閉じ込められてんの?

最近の島崎さんといえば、絢香の件でもう身辺めちゃくちゃのはずだ。

何かが飛び火しても仕方のない位置にいる。
 


仕方ないな。
 


絢香の友人だ。助けるしかない。

島崎さんかわいいもんな。俺のドストライクだもんな。
 


そう思いながら、真面目に考え始める。

長嶺

どっかの教室ってことはないよな。
それだったら警備員さんが気づくはずだし。
気づき辛いとこかぁ。
うーん。音楽準備室と体育館倉庫と、外の倉庫……そんくらいだよな。
閉じ込められそうなところ……ま、いいや。
警備員さんに鍵借りてきて全部さがそーっと

島崎さんの鞄を手に取って教室をでる。

警備員さんに事情を説明すると一緒に探してくれるといってくれた。
 


警備員さんが教室。

俺が見つけずらいと思った場所。

それぞれ手分けして探した。
 


しかしだ。

長嶺

なーんでどっこにもいねーんだよ!

警備員のおじさん

携帯も入ってるからまだ帰ってないと思うんだけどねぇ

長嶺

ですよね!

警備員のおじさん

それにしても、今年はみんな大変そうだね

長嶺

そうなんすよ。
もー、俺序列ってだけで嫌いなのに

警備員のおじさん

去年より激しいよ

長嶺

ですよね!
これが通常ってわけじゃないですよね!

警備員のおじさん

うんうん。
君も大変だねぇ

長嶺

俺よりマイフレンドたちが大変っすよ

警備員のおじさん

さて、あとはどこ探してないかな

長嶺

スルーっすか!
俺のボケはスルーっすか!
……むしろ、あと残ってる鍵って何ですか

警備員のおじさん

職員室と屋上だね

長嶺

……屋上?

いや待てって。

さすがにそれはないだろ。

今日雨降ってんだぞ。


体温奪われるだろ。屋上なんて。

長嶺

おじちゃん、屋上の鍵貸して。
見てくる

警備員のおじさん

ああ、これだよ

長嶺

おじちゃん一応ここにいて。
荷物番してて、俺本気で走ってくるから

わかったという言葉を聞く前に走りだす。
 


例えばだ。

もし、島崎さんが誰にも気づかれないで19時ごろに閉じ込められたとして。

大体そこから2時間たっている。

2時間もすればほんとに、体温奪われているはずだ。




考えれば考えるほど、恐ろしい。

屋上のドアの前、急いでカギを差し込む。

カギを開けて、ドアを押すと何かにぶつかった。

長嶺

島崎さん?

ドアの向こうの物体が困惑した。

長嶺

島崎さーん!

もう一度名前を呼ぶと物体が横にずれた。

その隙間から大きな瞳が揺れて見えた。

あ、長嶺君だー

ドアを開き切るとびしょびしょに濡れた島崎さんは震えながら笑っていた。

ありがとう。
ちょっとどじったから助かった

長嶺

びしょびしょじゃん!

あとねー、寒くてガタガタしてたら、体動かなくなっちゃって

長嶺

立てないの!?

ごめん。
這って中には入る

長嶺

いいよ。
もう、抱えていくから

濡れるよ!とか言ってる島崎さんを無視して、抱え上げると、驚くほど冷たくなっていた。

長嶺

全くもう、俺気づかなかったら君死んでたよ

面目ない

ていうか、長嶺君、どうしてここにいるの?

長嶺

俺、忘れ物取りに来て、荷物見つけて変だなーって思って、探したらここにいたんだよ

ふーん。
よく探す気になったね

長嶺

えー?
好きな子が困ってそうなら助けたいでしょ

え?

長嶺

え?

普通に会話してたら、口が滑った。

大きく滑った。おお滑りした。

慌てて何か言い訳しようとしたけれど、島崎さんが腕の中で俯いたから、俺は何事もなかったように口を開く。

長嶺

そういえばさ、教科書のこと、絢香にはいったの?

……

長嶺

教科書だってただじゃないんだから、被害こうむってんなら絢香にいいなよ

被害じゃないもん

長嶺

教科書にいたずらされてたじゃん

……

島崎さんの鞄を手に取った時に、ふと中身が見えてしまった。

ビリビリ、とまではいかないまでも不自然に折れ曲がった表紙。

でこぼこのほんの感触。
 



きっと中のページを切られているのだろう。

あれでは、勉強ができない。
 



中間考査はもうすぐだ。

成績に直接響く。それはいただけない。

長嶺

島崎さんが言わないなら俺が言うよ

……自分で言うから

それきり黙ってしまった島崎さんを警備員室に運び、タオルを借りた。

さすがに替えの制服なんてものはなかったので、脱げるだけ脱がしてバスタオルに来るんで、タクシーを呼んだ。

今の島崎さんめっちゃ痴女。

長嶺

じゃあ、お風呂に入ってあったかくして寝るんだよ。
島崎さん

島崎さんは俺を華麗にスルーしておじさんと視線を合わせた。

なんでだ。

俺めっちゃ紳士的な態度とったのに。

でも、警備員さんこれ、お金が……

警備員のおじさん

見つけてあげられなかったからね、おじさんの申し訳ない気持ちだよ

警備員さんの一言で島崎さんは黙って帰った。

長嶺

おじさん

警備員のおじさん

なんだい

行ってしまったタクシーを見ながら俺は言った。

長嶺

俺もう少しだけ残っていい?

警備員のおじさん

22時には完全に閉めるからそれまでに声をかけてくれればいいよ

長嶺

ありがとう

26時間目:崩れていく日常(2)

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