撫子は
侯爵の亡くなった娘を模して
作られたものだと聞いたことがある。






自動人形の主な用途は
愛玩用だが

「実在 "する"、
または "した" 誰かの代わり」

という使われ方はしない。

動くとは言え
高級なカラクリ人形でしかない
彼女らは

考えることも
自分の意思で動くこともなく、



それがかえって
「偽物」
と映るようになるらしい。









実際、
そうやって乞われて作られた中には
ものの数ヵ月で返品されるものも、
行方不明になるものも多い。


返品、

売却、

譲渡、

または廃棄。


それは持ち主が決めること。



どれだけ精魂込めたとしても
人形技師に口を挟む権利はない。











そして


誰かを模したわけではない
他の人形たちも

全てが
幸福な最後を迎えることが
できたわけではない。




自動人形は
その容姿から
やもすれば性欲のはけ口として
使われることもあるらしい。


「家が買える値段」でさえ
金が余っている階級からすれば
玩具のひとつに過ぎない。

しかし
それ専用に作られていない
機械仕掛けの彼女らに、
そんな無茶は通らない。

大抵は修理と称されて
運ばれて来るのがオチだ。

















そしてその大半は
二度と目を覚ますことはなかった。



だから





カーネーションの花言葉は「会いたくてたまらない」って言うんだよ

会いたくてたまらない……?

撫子は恵まれている。




















娘にというより、
それは
妻や恋人に言う台詞だろう。


だが、妻と子に先立たれ
ふたりきりで
何十年も過ごしてきたのなら
そう思うようになるのかもしれない。





ふたりきり、ねぇ

……なにか?

なんでもない







灯里もいずれ
紫季に依存するようになるのだろうか。
なんて
口が裂けても言えない。


第一、紫季は
見た目はともかく人間だ。

人形と同列に扱ったことを知ったら
1週間飯抜きか
家を追い出されるか









最悪、
今度こそ川に投げ込まれる。









でも

この分なら撫子は、酷い目にあわされる心配など不要だ



晴紘は
簪を弄んでいる灯里に目をやった。

彼も同じことを
思っているのだろう、
心なしか嬉しそうに見える。





























 しばらくして、
灯里は簪を箱にしまうと
席を立った。

催促されたことだし、早速届けるとしようか

え、でも

最終調整が終わったと言ったろう?
本当は明るくなってから、と思ったのだけどね


上着に袖を通しながら
部屋を出ていこうとする。

今からって、













既に二時を回った。

そんな時間に
娘姿の人形を連れて出歩くなんて
襲ってくれと
言っているようなものだし


向こうだって迷惑だろう。










あと数時間で夜も明けるだろう?
それからにすれば……

時計塔のほうは頼むよ、紫季

ひとの話など聞きやしない。













……いや、

お前、どこから聞いてたんだよ

聞いていた。












時計塔の話をしていたのは
かなり前のこと。

その頃からずっと扉の陰で
立ち聞いていたわけでもあるまいに。







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