振り返ると
開けたままの扉の陰から
家主が顔を覗かせている。

悪ぃ、起こした?

いや、最終調整が終わったところ



灯里は疲れたように
首を揉みながら椅子に座る。


目が赤いし、
少し見ない間にやつれたような
気もする。

根を詰める性質だから
食事もまともに
とっていないかもしれない。





そうでなくとも
指先よりも小さい歯車を
いくつも相手にするような仕事だ。


疲れも相当なものだろう。

無理すんなよ

大丈夫



紫季が持ってきた湯飲みを
口に運んで
ほわん、と微笑む。

こちらは熱湯ではないようだ。



あからさまな差別を感じる。 






西園寺様が待っていらっしゃるからね

根っからの職人だな







学生時代は
そんなに親しくもなかったが、

こうして暮らすうちに
彼も少しずつ
打ち解けてくれるようになった。


喋ることと言えば
自動人形のことばかりだが
笑顔で言われると

まぁいいか

という気分になってくるから
不思議だと思う。












この
仕事以外なにも考えてなさそうな級友と
口うるさい少女との生活は、

案外楽しい。







































西園寺様と言えば、昼に使いの方がいらっしゃいました

紫季が棚から
小さな箱を取り出した。



十五センチくらいの
黒い小さな箱だ。
紅いリボンが結んである。


灯里はそれを受け取ると
しゅるり、とリボンを解いた。

……

蓋を開け、
一瞬目を見開いたものの、



すぐに小さく笑う。

……侯爵は早く撫子に会いたいらしい









灯里が箱から取り出したのは
簪(かんざし)。

紅い縮れたような花弁を
幾重にも重ねた花の下に、
銀色のビラ下がりが付いている。



下がりの付いた簪というのは
よく舞妓が付けているが、

このような西洋風の花は
見たことがない。






薔薇?

いや。これはカーネーションだろう。和名は阿蘭陀撫子(オランダなでしこ)。撫子ってところをかけたのかな


紅い簪を指先で弄んでいた彼は
つい、と
紫季の髪にそれを挿した。

撫子の髪も
黒いのだろうか。


黒い髪に紅い花はよく映える。

ゴシック調のドレスには合わないが、

撫子が着ているのは
きっと
簪が似合うような和服なのだろう。









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