彼女は泣かなかった。
泰明にひどい裏切りを受けても、決して人前では泣かなかった。
彼女は泣かなかった。
泰明にひどい裏切りを受けても、決して人前では泣かなかった。
予兆はいくらでもあった。
でも、俺たちは予兆を彼女にばれないように隠し続けた。
自分たちでさえも、気のせいだと信じたかったから。
そうして、彼女をひどく傷つけた。
どうしようもなくなって、彼女に放り投げてしまった。
守っているつもりで、彼女を傷つけた。
一瞬凍った表情は、初めて見る彼女の弱さだった。
だからってわけじゃないけど、俺たちは彼女の涙を受け止めようと思った。
なのに、彼女は決して涙を見せなかった。
泣きたいはずだ。
こんな屈辱。
彼女も、俺たちも、初めての経験だった。
いつだって、前を向いて、凛としていた。
その笑顔がかげることはなく、輝いていた。
だから余計に、俺は気になった。
彼女が泣くなら隣にいるし、わめきたいならわめけばいい。
そばにいるつもりだった。
なのに、彼女はそのつらさ、悲しさを少しも分けてはくれなかった。
俺たちは知っている。
彼女が唯一素直になれる相手を。
その相手は今や、彼女を一番傷つける人間と一緒で。
悩んでも仕方がないと、彼女は笑うけれど。
傷つかないはずがない。
つらくないはずがない。
それなのに、そいつ以外には分けてくれない。
痛みの感情を分けてはくれない。
俺は、笑っていてほしいだけなのに。
そんな願いは悲しくも聞き入れられ、輝くような笑顔で毎日を送る。
無理をさせている。
そんなことは、百も承知で。
それなのに、なぜだか彼女の笑顔は安心できる。
それを見抜いて彼女は決して涙を見せない。
そうして無理をさせてしまった。
彼女が異変を見せたのは、次の日だけだった。
その次の日からは、彼女はいつもの彼女だった。
迎えに来なくていいというメールが入り、普通に1人で登校してきた。
それが俺にはつらかった。
こんな状況なのに、気を遣わせている。
他人の視線が気にならないはずがないのに、毎日自分で机をきれいに拭く。
あの日から始まったいじめには、日課のように机に落書きがあった。
机も、ロッカーも、靴箱も毎日毎日荒らされている。
それでも、彼女は笑って“しょうがない人たち”という。
それが、彼女の強さだと俺は知ってる。
けれど、強いだけで傷ついてないわけじゃない。
そんな状況が1週間も続いて、平気な人間がいるだろうか。
いるわけがない。
いるわけがないのだ。
初めに彼女の異変に気が付いたのは、友達の牧だった。
こっそり教えられた。
昼食をほとんど取っていないらしい。
毎日昼食は一緒に取っていた。
俺は、それに気が付かなかったことに驚いた。
なんでも、牧が言うには、彼女は徐々にご飯を減らしているという。
確かに、最近はお弁当を見ていない。
おにぎりばかりだった。
単純にそこまで気が回らなくなっただけだと思っていた。
けれど、その日、昼食の時に観察したら、驚いた。
小ぶりのおにぎりが一つ。
どちらかというと、よく食べる方の彼女にしては、明らかにおかしい。
それが数日続いた。
彼女に食べれないのかと聞くと、笑って“今だけだから”という。
彼女は一緒にいてほしいといった。
一緒にいても、何もできないかもしれない。
けれど、彼女がそう望んだのだ。
だから、俺は最後まで一緒にいる。
周りに何と言われても、最後まで一緒にいてやる。
それが、どれだけ彼女の負担を減らせているかわからない。
けれど、彼女が気持ちを分けてもいいと、信用してくれるまで。
彼女が、ちゃんと泣いて、笑えるまで。
俺がいらなくなるまで。
俺は一緒にいる。