ってことで、切り刻むなら自動人形と生身、どっちが楽しいと思う?

……


帰宅した晴紘は
出迎えた少女にそう聞いて、
思いっきり睨まれた。



彼の胸ほどまでの背丈しかない彼女は
主人の趣味なのか
ゴシック調のドレスを着ている。


いくら西洋かぶれだったとしても
日常に着るような服ではないし
ましてや
この服は家事向きではない。




顔立ちが整っているだけに
余計に人形じみて見える。

自動人形に囲まれて暮らすうちに、
自分もそうだと
錯覚してしまうのだろうか。























しかし
それを本人に言うのは失礼だろう。

ドレスで家事をしてはいけないと
決められているわけでもない。




……と
無理矢理自分を納得させつつ、
晴紘は黙って外套を脱ぐ。


馬鹿なことを仰っていないでさっさと食べてしまって下さいまし

今日は早く帰ると仰ったのはどのお口でございますか?




 機嫌が悪い。


それも仕方のないことだ。
残業無しで帰れば
午後六時には帰宅できるはずが

その七時間後に帰宅では。






用意してくれていた夕食も
冷めきっていることだろう。

彼女の心の如く。






































……灯里ちゃんは?


食卓についた晴紘は
ぐるりと部屋を見まわした。



どこの貴族様だよ、と言わんばかりの
巨大なテーブルには

自分の席の前にしか
皿は無い。




また工房に籠っているのか



椅子に付きながら
この数ヵ月
顔を見ていない級友を思う。

確か……









何ヶ月も前から
預かっている人形がいた。

西園寺侯爵家からの依頼品で、
灯里の父の作品なのだそうだ。

 名を
撫子(なでしこ)と言う。





古いだけにガタが来るのが早いのか
修理して返しても
またすぐ戻って来るという塩梅で、

近頃の彼はほとんど
彼女にかかりきりになっている。






なんでも
他の技師に任せても
同じようには直らないのだとか。

父の作品を直せるのが灯里だけ、
というところに
血筋を見るような気がする。

























時計や車のような機械製品なら
新しいのを買ったほうが、と
勧めるところなのかもしれない。












しかしそれをしないのは
彼女が

「人の形をしている」

からなのだろう。






































木下女史のように、

ただの人形なんだから刻んでも構わない

と、思う者がいる一方で

医者にかけるように
何度も修理に持ち込んででも
生き長らえさせようとする者も存在する。





























最近は
そんなふうで修理一辺倒だが、

彼には昔から
心血注いで作り続けている人形が
あるのだそうだ。









 売る気は全くないのだが
どこから噂を聞きつけてきたのか、

売ってほしい

という打診も
年に何度か来るらしい。



















 あの森園灯里が
採算度外視で作っている人形。

彼が手がけるのは
主に娘の姿をしているが
「それ」もそうなのだろうか。


学生時代から

それほど異性に
興味を示す様子もなかった彼の
好みのタイプがわかるかもしれない
と思うと、

ちょっと見てみたい気もする。









……いや

もしかすると
幼くして死に別れたという母を
模しているかもしれない。




美化された記憶から
抜け出してきた母の人形に縋る
彼の姿を想像しかけて、




晴紘は慌てて頭を振った。













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