晴紘が下宿している家の
「森園 灯里」なる人物は、
都ではかなり名の知られた
自動人形(オートマタ)技師だ。



晴紘の学生時代の級友にあたる。





級友、と言っても
彼は周囲に溶け込もうとはせず
ひとりでいることが多かった。

なので
特に親交は無かったと言っていい。

それどころか
 
その頃から既に
人形技師として名を馳せていた彼は
雲の上の存在で


むしろ
「声のかけ方がわからなかった」
というほうが
合っているかもしれない。










卒業後も
当然、同窓会などには出てこない。

友人と呼べる間柄でもないから
仕事帰りに会って飲みに行く、
ということもない。

「卒業後も勤めに出ることなく
家に籠ったまま
人形を作り続けている」



「華族様や会社のお偉方のような、
金が余りまくっている連中の
依頼を受けて」




「親から土地家屋を
譲り受けているから
住むところにも困っていない」




当時、噂で聞いた話だ。






学生時代に道が交わったのが
そもそもの間違いで

本来、彼と自分たちは
歩む道も世界も違う。




そう、思った。

























そんな交わるはずのない道が
再び交わったのは
下宿を追い出された雨の日だった。











都市計画だの
近代化だのを謳い文句に
土地が買われ、ビルが建つ。

晴紘の下宿も
そんな風潮に呑み込まれた。








仕事でずっと留守にしていたのが
仇になった。
帰ってきた時には
かつて下宿のあった場所は
更地になっていた。


そして今、その場所には
貸しビルが建っている。










その日に限って都内に住む友人には
連絡がつかず、
居酒屋をはしごするには
財布の中身が心許ない。



職場に戻るか、
雨風をしのげる場所に行くか、

少ない荷物の入った鞄を手に
途方に暮れていた時に――







……大庭?




現れたのが「彼」だった。





























そのような仕事をしているから
余裕がある、という噂は
当たっていたのかもしれない。


一時的な仮の宿のつもりが
そのまま何年も経ってしまっても、
あまつさえ家賃を滞納しても、


文句も言わずに置いてくれている。










 晴紘からしてみれば
ありがたい大家だが

親交があったわけでもない男に
何故そこまでしてくれるのかは
未だにわからない。



晴紘に興味があるから
と言うよりは

いることすら
忘れているからではないか、と





最近はそう思う。




























だが木下女史は
そんな経緯をしらない。

教えるつもりもない。

どう? 等身大のお人形さんたちをはべらせる生活って






 女史の目が怪しげに光る。


 私生活が謎に包まれている
自動人形技師に興味もあるのだろうが

金をつぎ込めるだけつぎ込んで作られる
美しい人形たちと暮らす、
と言うのは

ちょっとした幻想的な世界を
想像させるから、というのもあるだろう。



そんなことを言ってくる女史に
件の週刊誌のことを
とやかく言う資格はないと思うのだが……

……それも
とても言えない。

























しかし



はべらせるもなにも、滅多にお目にもかかれませんって





 現実は甘くない。



 彼女たちはほとんど
工房から出てくることがないので

「一緒に暮らしている」
と言われても
全くイメージが沸かない。




















でも森園灯里本人には会えるんでしょ?

あいつをはべらせるなんて、とてもとても






 作る人形に限らず
森園灯里本人も男性にしては
造形が整っていると言える。

むしろ
女性的、中性的、と言ったほうが
噂好きな方々の受けは
いいかもしれない。


 薄茶色の髪も、
黒と言うより紫がかって見える瞳も、
この国本来の色ではない。










何代か前に
外国人の血でも混じっているのだろう。

その血がそうさせるのか、
のっぺりとした
この国の伝統的な顔立ちに比べると
目鼻立ちもはっきりしている。








 西洋の文化も人種も
多く入るようになった今、
表立って敬遠する者はいないが
それでも
この木下女史のように
好奇の目を向けてくる連中はいる。

顧客の中には彼を見て、
彼自身をも囲おうなどと
懸想する者までいるらしい。









そんなふうだから
彼も閉じこもってしまうのかも
しれない――




と、これまた最近になって








そう、思う。





【壱ノ壱】自動人形・参

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