錬金術と呼ばれるものがある。
錬金術と呼ばれるものがある。
数百年前に生まれた、火薬や磁器、あるいは蒸留技術など、後の世に大きな影響を与える技術を発見・発展させた学問であり、錬金術師たちは大抵、錬金術の究極の到達点「大いなる秘法――アルス・マグナ――」を目指す。
そして、錬金術は現在も自然科学や薬学、占星学、医学、果ては形而上学など、様々な分野の学問をも取り込み、総合学問として継承されてきた。
すなわち錬金術師とは、現代に伝わるあらゆる学問を学び、発展させていく人たちのことを指し、一般人としては「とりあえず何をしているのか分からない仕事」として認識されている職業の一つであり、当然、錬金術師になりたいという人たちは年々減っていく一方の、不人気ナンバーワン職業である。
そんな不人気な錬金術師を志して、小さな町のとある錬金術師の元へ弟子入りした一人の若者がいた。
身長が190センチに届きそうな長身痩躯のその若者はある日、老齢の師匠に呼び出され、伝えられた内容をどこか現実感の無さそうな顔で繰り返した。
卒業……ですか?
うむ、と師匠は頷く。
わしからお主に教えられることは、この数年で全て教えたつもりだ……
後は、お主自身の目で世界を見て、お主自身の「大いなる秘法――アルス・マグナ――」を目指すがよい……
でも俺はまだ師匠から学びたいことが……
わしから学べることなど、もはや何も無いわ……
現にお主は機械系や人工知能系、それに医学系においてはすでにわしの知識・技術を大きく上回っておる……
そんなものを一人で作り上げたのが良い証拠じゃよ……
そういって師匠が指したのは、弟子が持つ一台の多機能型携帯電話スマートフォン。ただ、彼の持つスマホは市販のものとは違ってホログラムで投影された小さな少女が浮かび上がっている。
もちろん、伊達や酔狂で小さな少女のホログラムを投影しているわけではなく、これは彼が独自に開発し、スマホに搭載させた自律思考型AIのインターフェースとしての役割を担っている。
もはや何も教えることができないわしの元にいても、お主はいつまでもお主の「大いなる秘法――アルス・マグナ――」には辿り着けん……
だからお主はお主自身の眼で世界を見て、自分の進むべき道を見出すのじゃ……
まぁ、わしからお主に出す最後の課題とでも思ってくれ……
師匠の言葉をしばらく黙って聴いていた弟子はやがて、
………………………分かりました
こくり、と頷いて旅立ちの準備を始めた。
それからしばらくして、旅に必要なものをバックパックに詰め込み、課題の一環として作り上げた愛用の大型バイクに跨って遠ざかっていく弟子の姿を、師匠は感慨深い思いと共に見送った。