数刻前
デュークと合流出来て良かったよ
同意見だな
何があったか聞いてくれないんだね
帰ってから聞いてやるよ。お前の話は長いから……それ聞いたら帰れるものも帰れなくなるだろ
そうだね。じゃあ、帰ったら,
た~っぷり聞かせてあげる
話はまとめておけよ
了解
最初はどうやってここに来たんだっけ
ああ、そうだ……
数刻前
歩いても、歩いても、風景が変わらないような気がする。
これが何を意味するのか。ラシェルでも知っていた。
迷子。
否定したいけど、否定できない。
届け物ぐらい自分でも出来ると思ったのに、そう簡単には出来なかったらしい。
雨も降って来たし、歩くのも疲れた。
とりあえず、適当な建物で雨宿りをしようとラシェルは足を踏み入れる。
おや? 迷子の仔猫ちゃん
ふいに声がかけられた。
現れたのは魔法使いの恰好をした男の人だった。
コドモじゃないわ。ラシェルよ
知らない人に声をかけられたら、無視するように言われていたけれど……子供扱いされたことが気に入らなくて思わず言い返してしまった。
失礼。僕の名はノア。ラシェル、もしかすると道に迷っている?
むぅ、よくわかったわね
子供扱いされたうえ、迷子になっていることも見抜かれて、更に苛々してしまう。
とりあえず、この人をギャフンと言わせたい。
どうすれば、良いかわからないけど。
雨も降って来たし、困ったわ
ここで、雨宿りしないか?
良いの? 助かるー
あ、この屋敷だけどね。少しだけ面白い魔法がかかっているんだよ
まほう?
ラシェルが小首を傾げるとノアはニコニコと笑った。
この屋敷の中には【人間時間】と【人外時間】があるんだよ。もうすぐ【人外時間】になるね。【人外時間】の間は……屋敷内にいる全てが人外の姿になるんだ
どういうこと?
言っている意味が理解できなくて、ラシェルは何度も首をひねる。
ほら、時間だ………人外は人外、人間は人外に…………
ノアが低い声で話を続ける。
突然、光の様なものが辺りを包み込んだ。
変わるよ
眩しさに閉ざした目を開くと、サルの姿があった。
え?
大丈夫。ノアだよ
? ビックリした
さて、行こうか
螺旋階段は下へ、下へと続いていた。
ラシェルはノアの後をテクテクと着いて行く。
階段を降り切ったところで、ノアは足を止めた。
目の前には扉。
そうだ、ラシェル
なぁに?
振り返りざまにノアはガラス玉を出現させる。
手品みたいに現れたガラス玉にラシェルは目を輝かせた。
コレをあげるね。御守りだから大事にね
キラキラだ
キラキラ光るものがラシェルは好きだ。
ノアはガラス玉を巾着袋に入れるとそれをラシェルの首に下げる。
こうすれば失くさないね。あとはね、変な男にはついていかないこと。いいね!
むぅ、デュークみたいなこと言うのね
意地悪だけど心配性の店主のことを思い出して苦笑する。
それは君のご主人様?
そうだよ、きっと心配している。いつもね、馴れ馴れしい奴には近づくなって言っているの。それは、お腹の中が真っ黒に焦げているバケモノだって。もしも、そういう奴と出会ったら釜茹でにしてやれ~ってね
それって、僕もアウトじゃないかな
え~?ノアは恩人だから良い人だよ
だから、大丈夫なのだとラシェルは考える。
ノアなら信じても大丈夫。なんとなく、そう思うのだ。
ご主人様の気持ち、君に届いていないみたいだね
え?
……じゃあ、ラシェル。そのご主人様が悲しむようなことするなよ
わかった。デュークが悲しむのは嫌だもの
扉、開くよ……ゴメンね。こういうコトしたくなかったんだよ。信じて貰えないだろうけど……
ノアが何かを言っていたけど、よく聞き取れない。
何だか悲しそうな顔をしていたと思う。
眩しい光が注ぎ込んだ。
あれ? ノアがいない
目を細めながら前に進むと、側にいたノアの姿がないことに気付いた。
おい
うわ。驚いた
側に黒猫がいたことに気付かなかった。
黒猫はジッとラシェルを見る。
こんにちは、黒猫さん
とりあえず、挨拶をしないと。
そう思ったラシェルはペコリと頭を下げる。
ああ
黒猫も、つられて頭を下げた。
えっと、何か用?
お前、白猫を見なかったか?
見てないよ
そう答えると、少しだけ残念そうに黒猫は眉を潜める。
そっか。もしも、白猫がいたら黒猫が捜しているって、古時計の下で待っているって伝えてくれないか?
うーん。わかった
おい、本当にわかったのかよ
白猫さんに会ったら、黒猫さんが古時計の下で待ってるよ~って伝える
それでいい。ところで、オマエも誰かを探しているのか?
雨が降っているから、雨宿りをしているだけ。雨が止んだら帰るよ
そう答えると、黒猫は憐れむように見つめて来る。
窓もないのに、雨が止んだってわかるのかよ
は
確かにここに窓はない。
地下なのだから当然だとラシェルは自分に言い聞かせる。
確かに雨が止んだのかどうかを確認する術はない。
入って来た扉が消えていたから戻ることも不可能。
どうすれば良いのだろうか、と首を捻るしかラシェルには出来なかった。
あれ? でも地下だよね、ここ。どうして明るいのかな
お前、新参者だな。ここは地下都市みたいなものだってよ…………お前は帰りたいのか?
うん、帰らないとデュークに怒られちゃう。でも、そういえば扉もないし。どうしよう
少しずつだけど、この状況がよくない。そのことに気付いてくる。不安な気持ちが膨れ上がる。
………あの緑色のカーテンあるだろ? あそこの部屋に住んでいるアークのところに行きなよ。色々教えてくれるからさ
ありがとう
黒猫と別れたラシェルが向かうのは彼に教えて貰った緑色のカーテンの部屋。
だけど、緑色のカーテン……ってどれだろうと周囲を見渡す。
薄緑色や、深い緑色や、緑色のカーテンだらけで目が回ってしまう。
デュークが悲しむことはしたくない。だから派手な行動はしないよ
そう思いながら、ぼんやりと歩き回ることにした。
そこは、テーブルや椅子が並べられていて、誰かが住んでいる場所のようだ。
誰か、いるのですか?
男が現れた。
鳥の顔をした男だ。
怪しいと思いながらもラシェルは頭を下げる。
こんにちは
おや、君は?
ラシェルだよ……っと、相手は大人だから敬語だよね。アークさんのお部屋ってどこでしょうか?黒猫さんから、教えてもらいました。
アークは私です。ラシェルは迷子ですか?
迷子じゃないけど、迷子なのかな。家に帰りたいから帰る方法を知りたいの
また迷子と呼ばれてムッとしたけど、否定できないのでここは我慢することにした。
ラシェルは帰りたいのですか?
アークが驚いたような表情を浮かべるのでラシェルは首を傾げる。
それは、当然のことのはずなのに。
家に帰りたいよ。当り前じゃないの?
そうですね、おや
鐘の音だ
“人外は人間に、人間は人間に”
おおお
頭の中で誰かの声がした。
光に包まれたかと思うと、二本の足で立っていた。
人間時間になったのですよ
同様に人間になったアークが微笑む。
それ、どうでもいい。それで? どうすれば、外に出られるの?
本来なら一度入った者は外に出られませんが、方法というか可能性はあります
だから、それを教えて
この水晶玉を七つ集めてください。そうすると、この屋敷の主に会うことができます。その時に、主にお願いをすれば……もしかすれば帰れるかもしれません
アークの掌で輝く水晶玉は、つい先ほど見たモノだった。
それ、持っているよ
巾着袋から取り出して見せると、アークは頷いてみせた。
それです。水晶玉を集める方法はご奉仕ギルドで働くことですね
よく、わからないけど。働かざる者、食うべからずってことだね。じゃあ水晶玉を集めないと!
…………色々間違っているような気がするのですが。それと、そんなに急がなくても良いですよ
私、デュークのところに帰りたいの!!早く、帰りたいの
落ち着いてお茶でも飲んでください。その人が貴方の主なのですね……では、私が探して参りましょう。ラシェルはここで待っていてください
アークの言葉に、ラシェルは目を輝かせた。
デュークもここに来ているの?
帰りたい場所、会いたい人がすぐ近くにいる。
そう思うと落ち着けないラシェルはピョンピョンと飛び跳ねる。
はい。ですが子供には危険な場所ですので、大人しく待っていてくださいね
立ち去るアークの背中をラシェルは睨みつけた。
アークの背中を追いながらラシェルは目を閉じる。
彼が居るのなら、彼の気配を探せばいい。ずっと一緒に生活していたのだから、気配を探すのは簡単だ。目を閉じてデュークの姿を思い浮かべる。どうしてだろうか、怒っている姿しか浮かんでこない。
デュークの気配を感じる、でもそれだけじゃない……血の臭いも………これはデュークの血じゃないけど、心配だ
大人しく従うつもりはなかった。
立ち上がると、アークの去った方向に走り出す。
彼の姿を見失ったとしても大丈夫。
デュークの気配を探せば良いのだもの………待っててね。
このまま話したら怒られそうだなぁ。ちょっとだけ脚色しておこう