宿屋に荷物を預けて、買い物にでかけようとする二人の前に白い雪が舞い降りた。

汐音(しおね)

雪が降っています

焔(ほむら)

汐音は初めて見るのか?

汐音(しおね)

はい

汐音(しおね)

焔様は?

焔(ほむら)

冬の集落で見たことがある

汐音(しおね)

焔様が行ったのですか?

焔(ほむら)

何人もの従者(男)と共にな

汐音(しおね)

冬の集落は荒地ですからね。危険だらけだと聞いています。

焔(ほむら)

戦の被害が大きかった場所だ。今は危険ではないよ。住めない場所ではない。
まぁ、変わり者が何人か住んでいるぐらいだな

汐音(しおね)

変わり者?

焔(ほむら)

雪が好きらしい。あんな寒い場所に住みたいなんて……

焔(ほむら)

冬の集落では、藁の服を着て、草履を履くのだが………オレ様には似合わなかった

汐音(しおね)

見てみたいです

焔(ほむら)

それはダメだ

汐音(しおね)

残念です。あ……


 白くてフワフワしたものが掌に着地する。
 だけど、それは一瞬にして消えてしまった。
 驚いて目を見開く汐音を微笑ましく焔は見つめる。

焔(ほむら)

汐音の手が暖かいから溶けてしまったのだな

汐音(しおね)

そうなのですね。残念です

焔(ほむら)

雪は美しいが命は儚い、このオレ様のようにな

汐音(しおね)

これが積もると、こんな風になるなんて凄いです


 汐音は焔の話をスルーして、足元に積もる雪に目を輝かせる。
 いつものことなので、焔は気にしない。
 気にしない、というよりも耐えられなくなっていた。
 身体がガチガチと震える。

焔(ほむら)

そ、そうだな

汐音(しおね)

焔様、寒いのですか?

焔(ほむら)

ああ、寒い

汐音(しおね)

でしたら、防寒着を着てください。どうぞ。

焔(ほむら)

断る。あれを着たらダルマみたいになるだろ。オレ様には似合わないからな

汐音(しおね)

似合う、似合わないの問題じゃないです

汐音(しおね)

困りましたね。従者としては、焔様に風邪をひかれては困りますので………はい


 ふいに首に何かが巻かれた。
 汐音の首にはマフラーがある。じゃあ、自分の首に巻かれているのは?

焔(ほむら)

……汐音?

 それが手編みのマフラーだと気づくのには少し時間がかかった。

 二人の住む、春の都は一年中暖かい空気に包まれた場所だ。そこに、マフラーを編むための毛糸はなかった。太めの紐で編んだそれを焔はジッと見つめる。綺麗ではないが、丁寧に編み込まれている。

 作った人間が一生懸命にやっていたのだ、それは伝わって来た。

 もう一度、汐音を見る。俯いたまま顔を上げようとしない。

汐音(しおね)

き、北の国に行くのであれば必要になると思って……作ったのですが、どうにも失敗して……麗しい焔様には似合わないですけど、今は、これで我慢して……新しいのを

焔(ほむら)

そんなことないさ、麗しいオレ様にはピッタリだ

汐音(しおね)

焔様……

焔(ほむら)

嬉しいよ

汐音(しおね)

はい

焔(ほむら)

だが、マフラーを手に入れた以上、外に出る意味があるのか

汐音(しおね)

そ、そのようなものじゃ恥ずかしいですから。新しいものを買って下さい

焔(ほむら)

ダメだ、コレよりも似合うものはこの世界のどこに存在すると言うんだ

汐音(しおね)

王都に行けばきっとありますよ

焔(ほむら)

そんな量産型は要らない、一点もの、オンリーワンのこれが良い

汐音(しおね)

手袋は? 手袋を買わなければ

焔(ほむら)

汐音が握ってくれれば十分

汐音(しおね)

ば、馬鹿なことを言わないでください!買いに行きますよ

焔(ほむら)

わかった、わかった。行くけど、寒いからさ……手、握ってよ。オレ様の命令、聞けるよな?

汐音(しおね)

………焔様、命令は卑怯です

焔(ほむら)

オレ様だけの特権だからな

メリークリスマス!

 突然、声をかけられた。

 先ほどまでじゃれ合っていた二人は同時に動きを止める。

 汐音は誰かに見られているとは思わなくて、慌てて主から離れる。

 焔は、せっかく良いところに水を差されたのが気に入らなくて悪態を込めた視線を言葉の主に向ける。

フォー

焔(ほむら)

お?

 普段は何事にも動じない焔だが、目の前の存在に驚きを隠せずにいた。
 赤い帽子に、赤い服、白い髭。
 髭が生えているというのに、この男の声や顔つきが若々しい。

メリークリスマス! フォッフォッ

焔(ほむら)

もしや、この国は若者も白い髭が生えるというのか?

 目を見開く焔だが、目の前の白鬚の青年は馬鹿にするように笑う。

フォッ この時期、この国に足を踏み入れた男は皆、このような姿となるのじゃよ。ノエルの呪いと呼ばれるものじゃ。お主も、夜が明けるころには白い髭が

焔(ほむら)

ひ、ひぃぃぃ

 焔の顔が青ざめる。

汐音(しおね)

従者として、その呪いを払います。どうしたら良いのでしょうか

 汐音は護身用に持ち歩いている短刀を取り出す。

焔(ほむら)

た、助けてくれ汐音

汐音(しおね)

当然ですよ。お助けします。従者ですから!

焔(ほむら)

じじぃにはなりたくない

汐音(しおね)

教えてください、エドワード様

焔(ほむら)

 焔は動きを止める。
 汐音は白髭の青年を縋るように見つめる。

焔(ほむら)

エドワード?

汐音(しおね)

そうですよ、この方はエドワ……んぐ


 汐音が最後まで名前を叫ぶ前に、白髭の青年の手で口を覆われる。

いやはや、君の従者は優秀だねぇ

焔(ほむら)

エド……

まぁ、話は君たちの部屋でね

 ニコリと微笑む白鬚の青年がマスクリスの王子エドワード。



 というのは、秘密である。

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