焔(ほむら)

ここが北の果て、マスクリス国か!

 船着き場から降りたのは、一人の和装の若者。



 現地の人々が目を見開いて彼を凝視しているのは、彼が下駄を履いたまま現れたからだ。


 マスクリス国は通年雪が降り続けている為、国土の殆どが雪の大地。

 船着き場も所々に雪が残っており、建物の屋根には雪が積まれている。

焔(ほむら)

噂以上の寒さだな

お待ちください、焔様

 若者の背中に少女の声がかかる。

……

 振り返ると、従者の汐音が両手に荷物を抱えて現れる。

 主と違い彼女は防寒着をしっかり装備。
 少し大きめなコートと、ブーツとマフラーを身に着けている。

 二人の故郷は東洋の島国・ヤマト。
 ヤマトは四つの集落に分かれていた。
 二人が住んでいる場所は、その中でも暖かな気候の春の集落になる。

 寒さとは無縁の土地では防寒着など用意出来なかった。汐音が身に着けているものは旅の行商人から購入した地味なものだ。

 急を要して購入したそれはサイズも大柄な男性用。汐音の体系には合わない代物だが、背に腹は代えられない。

 そんな従者の気持ちを知っているのか、この主は軽装のまま颯爽と歩いている。足元が震えているし、唇も青い。

 誰が何処から見ても、彼は強がっている。

焔(ほむら)

遅いぞ、汐音

汐音(しおね)

むぅ

 小柄な彼女が大きな荷物を持っていると、まるで荷物がヒョコヒョコ動いているようで笑みが零れてしまう。

焔(ほむら)

…………

お嬢ちゃん、手伝おうか?

焔(ほむら)

 周囲の乗客が手伝おうとしたところで、焔が進み出て、手を出して片方の荷物を持ってやる。

 手伝おうとした男は

連れがいたのかよ。男なら、手伝ってやれよ

 と焔を睨み付け立ち去っていった。
 
 汐音は遅れて手を差し伸べた主を半眼で睨む。

汐音(しおね)

焔様、一般人を威圧してはなりません

焔(ほむら)

汐音、もう少し背筋を伸ばして歩いたらどう?男に声をかけられるなんてタルんでいる証拠だな

汐音(しおね)

焔様の荷物が多すぎなのです。背筋を伸ばしたくてもできませんよ。それと下駄ではダメですって言いましたよね

焔(ほむら)

だって、高貴な存在だし。この家宝の下駄までがオレ様の身体の一部になるんだ

汐音(しおね)

周りの方々の視線に気づいてください。『こいつ、頭おかしいだろ?』って目ですよ。それに、その下駄は城下町での祭りで売っていたものですから家宝ではありません

焔(ほむら)

「麗しい下駄だ。こんな下駄をはくのは高貴な存在に違いない」と、羨望の眼差しを向けているのだろ

汐音(しおね)

焔様が高貴な存在でいられるのはヤマト国限定です。今回はマスクリスの王子殿下からの招待を受けて伺っている身分なのですよ。もう少し大人しくしてください

 焔と汐音が遠い異国の地を訪れているのには、もちろん正当な理由があった。

 焔の友人もあるマスクリス国王子からの招待を受けたからである。

焔(ほむら)

オレ様はヤマトを出ても高貴なの!

汐音(しおね)

そんなことを言っていると友達をなくしますよ。ほら履いてください

 汐音は持っていた荷物の中からブーツを取り出す。

焔(ほむら)

仕方ないな

汐音(しおね)

さ、どうぞ

 汐音に手伝って貰いながら、なんとかブーツをはいたものの……

焔(ほむら)

妙な感じだ

 慣れない履き心地に気分が悪くなる。だけど下駄で転ぶのは恥ずかしいから、我慢するしかなかった。

汐音(しおね)

こちらの国では必需品らしいですよ。あと、これもどうぞ


 汐音は巻いていたマフラーを外すと、そのまま焔の首に巻いた。

焔(ほむら)

これでは、汐音が寒いだろう

汐音(しおね)

私は従者ですから必要ありませんが、寒いのが苦手な焔様には必要かと

焔(ほむら)

汐音……


 焔は露わになった汐音の首に触れる。

汐音(しおね)

ひゃい! 何するんですか

 ビクリと肩を震えさせる仕草も、少しだけ涙目で睨んでくる視線も焔は好きだった。
 周囲に視線がなければ、この場で抱きしめたかったがそこは堪える。
 マフラーを再び汐音の首に巻いてやる。

焔(ほむら)

自分のことも考えなさい。従者であっても、汐音は小娘なのだから………これはお前が使いなさい

汐音(しおね)

ですが従者が主よりも良い思いをするわけには………………って

汐音(しおね)

今、焔様の手冷たかったですよ。やっぱり、私より焔様を温めなくては

焔(ほむら)

……汐音、お前って子は……

 汐音は焔の手を握り、その手が想像以上に冷たかったことに驚愕していた。

 この状況でも、主の心配をする。仕事熱心すぎて心配になってしまう。

焔(ほむら)

手袋なんて、持ってきていないさ

汐音(しおね)

手袋を忘れてしまったのですね。私のでよろしければ……って、あー……サイズが合いませんね

汐音(しおね)

(手……大きいなぁ)

汐音(しおね)

(って、見とれている場合じゃなかった)

焔(ほむら)

手袋は現地調達だ。行くぞ


 焔は汐音の手をひいて歩こうとする。

汐音(しおね)

焔様!


 一歩も動こうとしない汐音を振り返ると、少しだけ眉間に皺を寄せた汐音の笑顔があった。

汐音(しおね)

その前に、この荷物を宿に運びましょう。あなた様の荷物ばかりですからね。ほとんど、あなた様のものですよ。何度でも言いますがあなた様の無駄に多い荷物です

焔(ほむら)

………そうだな

つづく

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